Page 1563 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼ドミニカ移民問題、まだ戦後だ。これがみすてておかりょうか。 山本春彦 06/2/13(月) 11:57 ┣Re(1):敗戦直後の人口増からの移(棄)民策。 珍 源斎 06/2/13(月) 13:00 ┣Re(1):戦没者の遺骨が未だ放置されてるとは。 珍 源斎 06/2/14(火) 15:45 ┃ ┗Re(2):戦没者の遺骨が未だ放置されてるとは。 山本春彦 06/2/14(火) 18:05 ┃ ┗Re(3):中国残留婦人訴訟でも。 珍 源斎 06/2/16(木) 12:24 ┃ ┗Re(4):中国残留婦人訴訟でも。 ぎみゆら 06/2/23(木) 18:44 ┗東京大空襲の犠牲者遺族らが集団訴訟へ ぎみゆら 06/3/5(日) 16:12 ─────────────────────────────────────── ■題名 : ドミニカ移民問題、まだ戦後だ。これがみすてておかりょうか。 ■名前 : 山本春彦 <halyama@sepia.ocn.ne.jp> ■日付 : 06/2/13(月) 11:57 ■Web : http://www.halenter.co,jp -------------------------------------------------------------------------
テレビで知ってびっくり。問題のはじめはなんと昭和20年ごろのドミニカ移住にはじまっている。 外務大臣は 重光になっている。 そして番組の中で小泉総理が国会で陳謝している。国家の責任を問う裁判の結果が3月にでるという。 なんだ。戦後何年になるのだ。その間いくつなんとか景気があったのだろう。ニューヨークの多くの摩天楼を買い占める馬鹿景気もあったし。 それらで移民の苦渋助けられたのでなかったのか。まさに棄民。かわいそう。 話は変わるが終戦時われわれはバトパハに集められた。そのうちレンパン島で開墾をやるのだとのことで、先遣隊が派遣。そこからは大変な苦難が報告されていた。 それにもかかわらずいよいよ本体が編成され出発。一部はトラックで、その他大勢は汽車でシンガポールに向った。 夕方ブキテマの三叉路の手前でしばらく停車。そのうち動き出したらチャンギーのほうに向うではないか。皆心配していたらセレター空軍基地についた。 全然予定がちがうので当惑したが、なんとレンパン島の困難から急遽方針がかわったのだという。 わずか6時間程度の間に、イギリス軍と日本軍の検討できまったらしい。 空軍基地には陸軍の小部隊がいて、すでにテントの応急準備ができていた。 残念ながら米が十分準備できなくて、2日ほど豆ばかりたべることになった。 列車で出発した本体は行方がなかなかつかめなかったが、ブキテマ付近にキャンプをはったらしいとわかって一安心。でも部隊はばらばらに分けられてしまったわけだ。 それでも入居地の不安の解消が、わずか6時間程度でされたのは驚き。 英軍のスピーデーな対処に頭が下がる思いがした。 それに引き換えドミニカは。なんと60年以上。完全解決できないでいる。 これがみすてておかりょうか。皆で論じ合おう。 |
山本 様 こんにちわ! 昨晩のTVご覧でしたか? 私も観てました。あの時代の様子を見て考えさせられました。 敗戦後、海外からの引揚げ者や産めよ増やせよの時代背景から 当時の日本では食糧事情も含めて今では考えられない人口増の 重圧にあえいでいたのは確かなようです。 思えば満州への開拓移住が推進されてのは富国強兵の一連の 国策でその後の敗戦で、現在にも及んでる人々の悲惨を忘れることは できません。 結果を見る限り日本政府・「外務省」の発想は人間の小さな 幸せすら配慮がなされてないことに腹立たしさを感じてます。 これらの事態は外務省も現地情報収集能力の無さ、事態への対応力の 欠如、加えて伝統的な官僚の無責任体質にあると断ぜられますが、 その結果のドミニカ移(棄)民政策の欠陥に関しては時効など ある筈はなく「きっちり」落とし前(補償)をする必要があります。 (・・被害者が訴訟をするまでもなく・・) 官僚の無責任を許さぬ世論を一過性でなく息長い国民的な 関心を持ち続ける必要を痛感してます。 官僚達の自分たちへのお手盛り的な優遇策が目立つ昨今 ドミニカ移民のことを思うとトサカが逆立つ想いです。 お目通し感謝! |
ドミニカ移民の事とは異なりますが、日本国内である 沖縄戦での戦死者「戦没者」の大勢の方々の遺骨がまだ沖縄の 戦場跡に残されてる・と云う。 沖縄は日本国内であり、その気になって本格的に取り組めば 遺骨はお家族、ご先祖の元にお帰り願えるのに! フィリピンやインパール、南洋諸島には未だ未だ取り残されてる 英霊の遺骨があると云われてる。 バブル経済までに発展した経済力のある内に何故、本格的なご遺骨の ご帰還を果たせなかったのか? やはり「なにがしか」の不誠実が感じられてならない。 ドミニカ移民、満州開拓民置き去りた中国残留孤児、等々のことから も一連の不誠実さを感じずには居られない。 もう少し親身になって欲しい! |
ご意見に賛同です でも輸送船で船倉に閉じ込められたまま沈んだ兵も大変な人数にのぼるでしょう。 それらの方の遺骨を集めることは不可能といえましょう。特攻など骨の一片も残っていないでしょう。 それより誰でもがいける戦没者、戦争犠牲者の鎮魂の場所を作ることが大切。 なぜ国会が議員が反対するのか理由がわからない。宗教に関係なく、天皇もいける、自衛隊もいける場所をつくるべきです。 旧軍人の仲間もはじめはそろって靖国に参ることをしましたが、おそらく反対論が出たのでしょう。(私は遠慮しましたが)いまはそのようなことをまとまってすることは無いと思います。 外国のどこの国の方がきてもおまいり出来る場所を作るべきです。千鳥がふちでも良いかもしれませんがもっと立派なものを作ってほしいと思います。 それにしても戦前のあの大不況。戦争を呼び起こしてしまう世界経済の大不況。 そして棄民を生んでしまう大不況。経済というものの正しい発展、とどまらず、行き過ぎず、なかなかむずかしいものですね。 いずれにせよ政治に携わるもの、行政に携わるもの、見てみぬふりはよしましょう。 |
東京地裁での中国残留婦人訴訟では賠償請求は棄却された ものの、國の怠慢が指摘された。 中国残留婦人問題も、孤児の問題、諸々総ては國が責任を 負うべき事柄、国策として遂行されたドミニカ移民問題など でも一切は最も弱い処へのしわ寄せにも通じてる理不尽なことは、 国家的なの怠慢と認めざるを得ない。 それにしても中国残留婦人の現状には同情の念を禁じ得ない。 |
珍 源齋さん、お久しぶりです。 ゆっくりのレスで、失礼いたします。 ご案内のとおり、今回の判決は、原告敗訴ではありましたが、中国 残留婦人に対する国の対応の「怠慢」を数多く事実認定し、国の 善処を促すニュアンスとなっています。 ある意味、裁判所の責任逃れとも見えますが、同様の裁判でまったく 門前払いだった昨年の大阪地裁判決と比べて、見るべきところがある 内容になっています。 まだいくつもの集団訴訟が続いています。今後とも、多くの方に、 行方に注目していただきたいと思います。 |
どのスレッドに書き込もうかと思ったのですが、いちおう関連の話題 ということで、こちらに書くことにします。 今朝の朝日新聞に、「東京空襲犠牲者遺族会」が国を相手取って集団 訴訟を起こす、という報道が載りました。私の家に配達された朝刊 では、一面の左のほうに、三段見出しで出ていました。 http://www.asahi.com/national/update/0304/TKY200603040246.html いま詳しく書く気持ちの余裕がありませんが、多くの方に成り行きを 注目してほしい大事なニュースと思い、書き込んでおきます。 |