Page 1131 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼老人党は憲法の理念を進化させる ウミサチヒコ 04/7/25(日) 11:36 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 詫田 04/7/25(日) 12:35 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる ウミサチヒコ 04/7/25(日) 15:16 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 宮天狗 04/7/25(日) 16:57 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる MNG 04/7/27(火) 0:38 ┃ ┗Re(3):老人党は憲法の理念を進化させる 宮天狗 04/7/27(火) 22:14 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 昔神童・今人道 04/7/25(日) 17:12 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 笹井明子 04/7/25(日) 17:22 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる 昔神童・今人道 04/7/25(日) 17:49 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 役立たず隅の隠居 04/7/25(日) 18:15 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる ウミサチヒコ 04/7/25(日) 21:11 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる ニック 04/7/26(月) 15:15 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる ニック 04/7/26(月) 15:16 ┣Re(1):理想なき改憲論者を撃つ! 流水 04/7/26(月) 16:43 ┃ ┣Re(2):理想なき改憲論者を撃つ! ウミサチヒコ 04/7/26(月) 18:44 ┃ ┣理想とはなにか 馬鹿正直 04/7/26(月) 22:10 ┃ ┃ ┣Re(1):理想とはなにか 流水 04/7/26(月) 23:14 ┃ ┃ ┃ ┣Re(2):理想とはなにか ウミサチヒコ 04/7/27(火) 11:51 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re(3):理想とはなにか 流水 04/7/27(火) 12:23 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re(4):理想とはなにか MNG 04/7/28(水) 23:49 ┃ ┃ ┃ ┗Re(2):理想とはなにか 馬鹿正直 04/7/27(火) 15:40 ┃ ┃ ┃ ┗Re(3):理想とはなにか 流水 04/7/27(火) 16:45 ┃ ┃ ┃ ┗自衛隊保持と自衛隊放棄 馬鹿正直 04/7/27(火) 22:23 ┃ ┃ ┃ ┣自衛隊は合憲? 馬鹿正直 04/7/28(水) 7:06 ┃ ┃ ┃ ┗Re(1):自衛隊保持と自衛隊放棄 流水 04/7/28(水) 7:24 ┃ ┃ ┃ ┗Re(2):自衛隊保持と自衛隊放棄 馬鹿正直 04/7/28(水) 7:42 ┃ ┃ ┃ ┗Re(3):自衛隊保持と自衛隊放棄 流水 04/7/28(水) 10:22 ┃ ┃ ┃ ┣Re(4):自衛隊保持と自衛隊放棄 馬鹿正直 04/7/28(水) 12:22 ┃ ┃ ┃ ┃ ┗Re(5):自衛隊保持と自衛隊放棄 流水 04/7/28(水) 12:25 ┃ ┃ ┃ ┗合憲の範囲 馬鹿正直 04/7/28(水) 20:07 ┃ ┃ ┗Re(1):理想とはなにか 野村星慈郎 04/7/28(水) 22:22 ┃ ┗目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません ワン太郎 04/7/27(火) 6:05 ┃ ┗Re(1):目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません 流水 04/7/27(火) 7:26 ┃ ┗Re(2):目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません ワン太郎 04/7/27(火) 8:46 ┃ ┗Re(3):目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません 流水 04/7/27(火) 9:15 ┃ ┗Re(4):目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません ワン太郎 04/7/27(火) 15:16 ┃ ┗Re(5):目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません 流水 04/7/27(火) 16:16 ┃ ┗Re(6):目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません ワン太郎 04/7/28(水) 9:34 ┣白紙からの創憲では如何でしょう つるみ 04/7/27(火) 3:20 ┃ ┗Re(1):白紙からの創憲では如何でしょう ウミサチヒコ 04/7/27(火) 16:46 ┃ ┗Re(2):白紙からの創憲では如何でしょう つるみ 04/7/28(水) 4:24 ┃ ┗Re(3):白紙からの創憲では如何でしょう ウミサチヒコ 04/7/28(水) 7:58 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる ごまめの翁 04/7/27(火) 11:21 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる ウミサチヒコ 04/7/28(水) 21:10 ┃ ┗9条だけは死守しなくては ごまめの翁 04/7/29(木) 10:11 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 安本単三 04/7/27(火) 16:10 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる ウミサチヒコ 04/7/27(火) 16:53 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる 団塊党 04/7/27(火) 20:10 ┃ ┗Re(2):老人党は憲法の理念を進化させる ウミサチヒコ 04/7/28(水) 6:53 ┣Re(1):老人党は憲法の理念を進化させる MNG 04/7/27(火) 21:55 ┣想像してみましょう 棚田稲田 04/7/27(火) 22:49 ┃ ┗Re(1):想像してみましょう 詫田 04/7/27(火) 23:03 ┗このスレッドにお集りのみなさまへ Ray 04/7/30(金) 18:40 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 老人党は憲法の理念を進化させる ■名前 : ウミサチヒコ <hrdjapan@me.scn-net.ne.jp> ■日付 : 04/7/25(日) 11:36 -------------------------------------------------------------------------
2週間のごぶさたでした。仕事で海外に行っておりました。昨日成田に着いて、そのまま「9条の会」の発足記念講演会に出てきました。1000名限定の市民集会でした。 井上ひさし、三木睦子、大江健三郎、奥平教授、小田実、加藤周一、鶴見俊輔、澤地久枝の順で発言(講演)がありました。みなさん、15−20分の短いものでしたが、1960年当時の文化人の「決起」に似て(?)壮観でありました。私は特に小田実、澤地久枝に深く感銘を受けました。 共産党・志位委員長、社民党・福島党首がまた並んで一般席に座っていました。土井さんも一般席にいました。土井さんとは、なぜか波長が合ってしまって、退場する混雑の人ごみで目と目が合ったあと、一言二言冗談っぽい挨拶を交わしました。政党の方々は、主催者により紹介はされましたが、発言はなく、席も私たちと同じ一般席で、まったく表には出ませんでした。 講演後、主催者事務方から、今後このような講演会を全国主要都市で次々開催すること、ここに集まった1000人は、関係する団体・地域で「9条の会」に賛同する市民組織を作って行ってほしいこと、などが提案されました。行動提起を伴うこの種の集会は比較的めずらしく、主催した9条の会事務方(=WPN関係者)のかねてよりの方針=戦略が始動し、本物になりつつあるのを感じました。 今老人党が何をなすべきか考えた時、まず早急に老人党=なださんが「9条の会」に賛意を示すこと、多くの老人党員も、それに賛意をしめすスレッドを雨あられのごとく立てること、そして戦後憲法が形骸化の一途をたどってきた歴史を、憲法を作った時代に一辺巻き戻して考えてみること―それが「希求」されていると確信します。 戦後の日本は廃墟の中で新憲法を定め、平和主義と民主主義を基調に歩むことを決めた。しかし、それとは裏腹に、戦後の日本の歩みは、憲法から「いかにして遠ざかるか」の道であった。今我らは、憲法を定めた60年前に戻り、世界に先駆けて国として平和主義を掲げることの意味と、それを保証するより高度な民主主義のために、まったくの一から出直す時だ。 失われた60年を取り戻すのに今からでも遅くない、意気あるものは進め、いざいざ参ろう。社共・民主を踏みこえ、5000万「新日本・民主主義党」の旗揚げを目指して! |
▼ウミサチヒコさん: 私も、昨日、「9条の会」の発足記念講演会に参加しました。 胸にジーンと迫るものがありました。 さて、 早急に老人党=なださんが「9条の会」に賛意を示すこと、 とおっしゃっていますが、なださんは既に、賛同者です。しかも、肩書きが「老人党提案者」となっております。 身近な人達に呼びかけて、賛同者を増やすつもりです。 宜しくお願いします。 |
▼詫田さん: >▼ウミサチヒコさん: > >私も、昨日、「9条の会」の発足記念講演会に参加しました。 >胸にジーンと迫るものがありました。 > >さて、 >早急に老人党=なださんが「9条の会」に賛意を示すこと、 >とおっしゃっていますが、なださんは既に、賛同者です。しかも、肩書きが「老人党提案者」となっております。 > >身近な人達に呼びかけて、賛同者を増やすつもりです。 >宜しくお願いします。 詫田さん、始めまして。そうでした、なださんは9条の会の賛同者に名前を連ねていました。失礼しました。「なださんは老人党掲示板で賛意をアピールしてほしい」という意味で書きました(これもすでにされているかも知れませんが…)。 http://www.9-jo.jp/message.html |
▼ウミサチヒコさん: 私が物心ついてから満州事変、日支事変、そして大東亜戦争と絶えず戦っていた祖国日本。 それが1946年11月3日もう二度と戦争をしないと宣言する憲法が公布されました。 焼けトタンに雨露を凌ぎ、ぼろをまとって水のようなかゆで飢えを癒す日々ではあったものの これからは兵士として戦地に赴くこともなければ連日の空襲に逃げ回ることもない、 と知ったときの腹の底から湧き上がるような喜びと開放感はたとえようもないものでした。 貧困からの脱出目指してひたすら働くこと幾星霜・・。ふと気がつくと戦争を知らない世代が 圧倒的多数となり、不戦の誓いを時代遅れとするような空気が日増しに高まっています。 たしかに私たちは戦争の愚かさ悲惨さを家族にも周囲にもほとんど話さなかった。なぜなら それは自分を惨めにするだけだったからです。 しかしそれは間違いでした。私たちは今こそ戦争のもたらす途方もない悲劇を声を大にして 語らなくてはいけない。たとえ新月の光のように弱弱しく頼りなかろうとも・・。 |
▼宮天狗さん: >▼ウミサチヒコさん: > >私が物心ついてから満州事変、日支事変、そして大東亜戦争と絶えず戦っていた祖国日本。 >それが1946年11月3日もう二度と戦争をしないと宣言する憲法が公布されました。 >焼けトタンに雨露を凌ぎ、ぼろをまとって水のようなかゆで飢えを癒す日々ではあったものの >これからは兵士として戦地に赴くこともなければ連日の空襲に逃げ回ることもない、 >と知ったときの腹の底から湧き上がるような喜びと開放感はたとえようもないものでした。 > >貧困からの脱出目指してひたすら働くこと幾星霜・・。ふと気がつくと戦争を知らない世代が >圧倒的多数となり、不戦の誓いを時代遅れとするような空気が日増しに高まっています。 >たしかに私たちは戦争の愚かさ悲惨さを家族にも周囲にもほとんど話さなかった。なぜなら >それは自分を惨めにするだけだったからです。 > >しかしそれは間違いでした。私たちは今こそ戦争のもたらす途方もない悲劇を声を大にして >語らなくてはいけない。たとえ新月の光のように弱弱しく頼りなかろうとも・・。 今からでも遅くありません。いや、今だからこそ大切なことだと思います。 戦争体験者の方の思いを、ぜひ若い世代に伝えてください。 |
▼MNGさん: >今からでも遅くありません。いや、今だからこそ大切なことだと思います。 >戦争体験者の方の思いを、ぜひ若い世代に伝えてください。 そうですね。遅まきながら地元新聞の原稿に戦時中や敗戦直後の状況を書いたり、 若い友人にメールを送ったりしてます。 |
▼ウミサチヒコさん: こんにちは お帰りなさい。 >2週間のごぶさたでした。仕事で海外に行っておりました。昨日成田に着いて、そのまま「9条の会」の発足記念講演会に出てきました。1000名限定の市民集会でした。 >井上ひさし、三木睦子、大江健三郎、奥平教授、小田実、加藤周一、鶴見俊輔、澤地久枝の順で発言(講演)がありました。みなさん、15−20分の短いものでしたが、1960年当時の文化人の「決起」に似て(?)壮観でありました。私は特に小田実、澤地久枝に深く感銘を受けました。 > >講演後、主催者事務方から、今後このような講演会を全国主要都市で次々開催すること、ここに集まった1000人は、関係する団体・地域で「9条の会」に賛同する市民組織を作って行ってほしいこと、などが提案されました。行動提起を伴うこの種の集会は比較的めずらしく、主催した9条の会事務方(=WPN関係者)のかねてよりの方針=戦略が始動し、本物になりつつあるのを感じました。 > >今老人党が何をなすべきか考えた時、まず早急に老人党=なださんが「9条の会」に賛意を示すこと、多くの老人党員も、それに賛意をしめすスレッドを雨あられのごとく立てること、そして戦後憲法が形骸化の一途をたどってきた歴史を、憲法を作った時代に一辺巻き戻して考えてみること―それが「希求」されていると確信します。 > >失われた60年を取り戻すのに今からでも遅くない、意気あるものは進め、いざいざ参ろう。社共・民主を踏みこえ、5000万「新日本・民主主義党」の旗揚げを目指して! これや。これや。何の苦労も知らん、一握りのニ世・三世・親の七光り議員、ボケ官僚にこの国をオモチャにされてたまるかい。 私の主張:以前からも申し上げてる通り「9条の会」命でございます。 15206 が原点でございます。 帰って来た早々の9条の会ご出席お疲れ様でした。ま〜一服なされてからボチボチいきまひょ。 さようなら。 |
「九条の会」発足記念講演会を私も聴きに行ってきました。井上ひさし、三木睦子、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、それに今回出席しませんでしたが、梅原猛さんが発起人になって作られた「九条の会」のアピールは、以下の文章で始まっています。 「日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、5千万を超える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。」 そして、以下の文章で結ばれています。 「私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法9条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、9条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。」 私たちの先輩が、今きちんとした言葉で憲法について語り直そうとされていることに心打たれ、その言葉ひとつひとつに深く共感しました。「『九条の会』がまき始めた種」(鶴見俊輔氏)を、私たち一人ひとりが大切に育て、花を咲かせて、「未来の命に引き継ぐ」(澤地久枝氏)そういう運動に私も参加していきたいと心から思いました。 九条の会Webサイトは、http://www.9-jo.jp/ です。 |
▼笹井明子さん: こんにちは >「九条の会」発足記念講演会を私も聴きに行ってきました。井上ひさし、三木睦子、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、それに今回出席しませんでしたが、梅原猛さんが発起人になって作られた「九条の会」のアピールは、以下の文章で始まっています。 > >「日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、5千万を超える人命を奪った第二次世界大戦。この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。」 > >そして、以下の文章で結ばれています。 >「私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法9条を激動する世界に輝かせたいと考えます。そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、9条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。」 > >私たちの先輩が、今きちんとした言葉で憲法について語り直そうとされていることに心打たれ、その言葉ひとつひとつに深く共感しました。「『九条の会』がまき始めた種」(鶴見俊輔氏)を、私たち一人ひとりが大切に育て、花を咲かせて、「未来の命に引き継ぐ」(澤地久枝氏)そういう運動に私も参加していきたいと心から思いました。 > >九条の会Webサイトは、http://www.9-jo.jp/ >です。 こんなにすばらしい「会」の発足こそ本物です。集うみんなこそ本物中の本物です。 ありがとうございました。 さようなら。 |
老人党員は9条を守るかどうかを基準に行動を共にしょう。政党との協力関係・支持関係もこれを基準に判断しょう。われわれが子孫に残せる最大の財産である。 自民党・経団連・ブッシュのアメリカに好きにはさせないことを力を合わせて示そう。 町に村に九条を守る旗を打ちたてよう。 |
▼役立たず隅の隠居さん: >老人党員は9条を守るかどうかを基準に行動を共にしょう。政党との協力関係・支持関係もこれを基準に判断しょう。われわれが子孫に残せる最大の財産である。 >自民党・経団連・ブッシュのアメリカに好きにはさせないことを力を合わせて示そう。 >町に村に九条を守る旗を打ちたてよう。 そうしましょう。9条の会では、ビラとかビデオとか用意するそうです。どんなツール(道具・宣伝道具)が出てくるか楽しみにしましょう。 |
今までの政党は、自民も民主も、経済政策は同じだが、国防は考え方がバラバラと言う意思統一されていない政党が殆どであった為に有権者が議員を選ぶのに苦労をしていましたが、もっと簡潔明瞭に方針を打ち出す政党が必要でしょうね。 経済は大企業中心の金儲け主義ではなく、NPOのような利潤追及中心ではない社会に貢献できる企業の育成。 国防では憲法を遵守し、外交力を高め軍事力は縮小する方向へ持っていける政党があれば良いなと考えています。 |
遅くなりましたが、ウミサチヒコ様おかえりなさい&長旅お疲れサマでした(^^) |
●「理想を持たないためにほろびた民族はある。理想を持ったためにほろびた民族はない」 ●「理想主義を馬鹿にする者は、自分の手で自分の髪を引っ張れば地球から離れることができると思い込んでいる」 −むのたけじ・・詞集たいまつ・・− 改憲論者は、現実主義者を自認しているようであるが、むのたけじは現実主義者についてこう語っている。 ●「きみ、理想と現実は違うよ」・・(中略)と若者をたしなめるおとなを数え切れないほど見た。しかし、そのような大人たちが現実を直視して社会を改革したことや、抽象を超えた理想を提示したことは一度も見たことがない。 つまるところ、現実を直視しないものは理想を抱くことができず、理想を抱いていないものは現実を直視することができず、かれらにできることは分別臭いカラを破って虫けらになることだけだ。ー前掲書ー 改憲論者の現行憲法批判の基盤は、世界の現実という視点であるが、彼らの言葉からそれにかわる何の理想も聞こえてこない。 改憲論者は星の数ほどいるが、日本国憲法の理想にかわる何の理想も聞こえてこない。聞こえてくるのは、憲法9条があるから自国の安全保障ができない、とか理想では飯が食えない程度のことである。 しかも、この憲法下で、日本が存亡の危機に瀕したことはない。あるのは、改憲論者が語る【攻められたらどうする】とか、日米安保が日本の安全を守った程度のことである。 ところが、改憲論者が理想とする明治憲法下では、国は一度滅んだのである。 わたしは、がちがちの護憲論者ではない。日本国憲法も【硬性憲法】ではない。だから、どうしても駄目なら改憲すればよいと思う。 しかし、現行憲法に代わる理想一つ打ち出せない改憲論に組することはできない。 今は、あまり姿を見せなくなった、イラク戦争支持論者はそのほとんどが現実主義を標榜している。現行憲法では世界の現実についていけない、と。 むのたけじが指摘する「現実を直視しないものは理想を抱くことができず、理想を抱いていないものは現実を直視することができず」の典型であろう。 結局、彼らの主張する現実主義は、【現状追認主義】と同義語であると思う。 これが15年戦争に巻き込まれた最大の歴史的教訓であるにもかかわらずである。 歴史から学ばない人間に、新たな歴史が作れるわけがない。 似非現実論の罠を、徹底的に噛み破る必要があると思う。 |
▼流水さん: ほんまにそうや。軍備を叫んでいる人たちが、一体どれだけ軍事をコントロールするシステムを考えているのか、聞いてみたいよ。暴走しだしたら、どうやって誰がとめることができるのか聞いてみたいよ。なんて言ったらいいんだろう、自分は貴族階級でもないのに貴族社会を守りたがるような、そんなズレた感覚の人間が多すぎるよね。 |
▼流水さん: 私自身自分を改憲論者とは考えていませんが、今の憲法で自衛隊を持ってはいけないと信じていますので(自衛隊を持つなら憲法を改正しなければならないと信じていますので)改憲論者の一人とみなされるかもしれません。 同時に、自衛隊を今すぐ放棄するのであればいまの憲法はそのまま保持すべきだと考えています。 ただ、自衛隊を今すぐ放棄するのであれば『国家や憲法以前の、自己の生命に明白な危険が迫った場合にいわゆる「正当防衛の権利」が自然権として存在する。その正当防衛権の延長として、近代国民国家としての「自衛権」が国際法上認められている』とされる自衛権を自衛隊なしで(武力なしで)どうやって行使するのかを明白にしなければならない、と考えています。 私は憲法9条について勉強を始めて数ヶ月です。憲法9条と自衛隊、自衛隊と憲法改正の問題、などなどおそらくまだまだ分かっていないのだろうなと、なんとなく感じています。この数ヶ月色々と教えていただきました。 ぎみゆらさん(11615)、元ウルトラ警備隊さん(13706)をはじめ色んな方から教えていただいて、今のところ上述の意見を持つに至りました。 つまり、自衛隊保持なら憲法改正、自衛隊放棄なら今の憲法を守る、の二つです。実に単純です。この二者択一に「理想なき改憲論者」とか「理想を持つ護憲論者」などの解釈は存在しません。おそらくこの数ヶ月で勉強した「私の憲法9条」に致命的な欠落箇所があると睨んでいるのです。 流水さん、どうか憲法9条の初心者に、二者択一の考え方がどう間違っているのか出来れば小学生にでも分かるような易しい言葉で教えてください。 >●「理想を持たないためにほろびた民族はある。理想を持ったためにほろびた民族はない」 >●「理想主義を馬鹿にする者は、自分の手で自分の髪を引っ張れば地球から離れることができると思い込んでいる」 > −むのたけじ・・詞集たいまつ・・− >改憲論者は、現実主義者を自認しているようであるが、むのたけじは現実主義者についてこう語っている。 > >●「きみ、理想と現実は違うよ」・・(中略)と若者をたしなめるおとなを数え切れないほど見た。しかし、そのような大人たちが現実を直視して社会を改革したことや、抽象を超えた理想を提示したことは一度も見たことがない。 >つまるところ、現実を直視しないものは理想を抱くことができず、理想を抱いていないものは現実を直視することができず、かれらにできることは分別臭いカラを破って虫けらになることだけだ。ー前掲書ー > >改憲論者の現行憲法批判の基盤は、世界の現実という視点であるが、彼らの言葉からそれにかわる何の理想も聞こえてこない。 > >改憲論者は星の数ほどいるが、日本国憲法の理想にかわる何の理想も聞こえてこない。聞こえてくるのは、憲法9条があるから自国の安全保障ができない、とか理想では飯が食えない程度のことである。 > >しかも、この憲法下で、日本が存亡の危機に瀕したことはない。あるのは、改憲論者が語る【攻められたらどうする】とか、日米安保が日本の安全を守った程度のことである。 >ところが、改憲論者が理想とする明治憲法下では、国は一度滅んだのである。 > >わたしは、がちがちの護憲論者ではない。日本国憲法も【硬性憲法】ではない。だから、どうしても駄目なら改憲すればよいと思う。 >しかし、現行憲法に代わる理想一つ打ち出せない改憲論に組することはできない。 > >今は、あまり姿を見せなくなった、イラク戦争支持論者はそのほとんどが現実主義を標榜している。現行憲法では世界の現実についていけない、と。 >むのたけじが指摘する「現実を直視しないものは理想を抱くことができず、理想を抱いていないものは現実を直視することができず」の典型であろう。 > >結局、彼らの主張する現実主義は、【現状追認主義】と同義語であると思う。 >これが15年戦争に巻き込まれた最大の歴史的教訓であるにもかかわらずである。 >歴史から学ばない人間に、新たな歴史が作れるわけがない。 >似非現実論の罠を、徹底的に噛み破る必要があると思う。 |
馬鹿正直さん 私自身自分を改憲論者とは考えていませんが、今の憲法で自衛隊を持ってはいけないと信じていますので(自衛隊を持つなら憲法を改正しなければならないと信じていますので)改憲論者の一人とみなされるかもしれません。 同時に、自衛隊を今すぐ放棄するのであればいまの憲法はそのまま保持すべきだと考えています。 ただ、自衛隊を今すぐ放棄するのであれば『国家や憲法以前の、自己の生命に明白な危険が迫った場合にいわゆる「正当防衛の権利」が自然権として存在する。その正当防衛権の延長として、近代国民国家としての「自衛権」が国際法上認められている』とされる自衛権を自衛隊なしで(武力なしで)どうやって行使するのかを明白にしなければならない、と考えています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これは非常に難しい問題で、意見が分かれるところだと思います。 まず、憲法改正は、日本国憲法の三本の柱、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重をどう考えるのか、という基本的理念が問題になります。 憲法改正というと、まず平和主義が問題になりますが、わたしはこの3つの柱は密接に絡み合っていると考えています。 その理由は、改正論者の言い分を聞いていると、まず基本的人権の【人権】という言葉に異様な反応を示します。わたしは、憲法改正の真の狙いは、基本的人権の制限と国民主権の制限(象徴天皇制の改革)にあり、平和主義はその付随的なものであると考えているのです。 歴史的にいっても、憲法成立の意味は、絶対主義権力の恣意的行使の制限にあります。日本国憲法は、この人類の憲法制定の歴史を背負っています。 権力者・支配者にとっては、国民主権・基本的人権の尊重などは、権力行使の【束縛】に他なりません。できうれば、これの制限をしたいと考えるのが、普通です。 ですから、わたしは、憲法改正論の真の狙いは、そこにあるのだろうと推測しています。 平和主義(具体的には憲法9条の問題)は、ある意味で戦後日本のイデオロギー闘争の主戦場だったので、きわめて先鋭な対立がありました。 東西冷戦の終結後、民族紛争が激化し、新たに安全保障上の危機が現出したのを受けて、改めて9条問題が見直されたのです。 つまり、9条問題を考えるときは、1.純粋法理論上の解釈問題2.現実的に存在する自衛隊問題3.現実の日本の安全保障問題4.日米安全保障条約と9条問題という次元の異なる問題を考えなければなりません。 その場合、この次元の異なる問題を一気に解消できる【法理論】を構築する必要があります。 わたしは、純粋法理論上は、護憲派の意見が正しいと考えています。吉田内閣時代の9条解釈と小泉内閣の9条解釈との差異は、この間に進められた解釈改憲の歴史を物語っています。海部内閣までの過去の自民党内閣のそれは、2.と1.との矛盾を埋める解釈改憲であり、それ以降は4.と1.との矛盾を埋める解釈改憲でした。 ところが、小泉内閣になってからは、特に、3.4.と1.との矛盾を埋めるというアクロバテイックな論理の飛躍をし始めました。 もはや、解釈改憲の限界に達した、と言わざるを得ない状況が生まれたのです。これが、憲法改正が現実の政治日程に上った最大の要因でしょう。 しかし、この現実は、小泉内閣自体が作り出した現実であり、本当に日本が直面している現実がそうなのかという視点も成立します。 だから、わたしは、憲法改正論の主要な目的が、9条問題だとは考えていないのです。そうではなくて、小泉内閣の作り出した現実が、9条問題を2.3.4.の思考に限定させる効果があり、1.の純粋法理論をなおざりにできる効果があるため、9条問題を前面に押し出している、と考えているのです。 ところが、国民の目を9条問題に集中しておいて、本丸は、基本的人権の制限と国民主権の制限にあり、国家管理の強化(特に教育分野とマスコミ)にあると考えているのです。 わたしが、理想を強調しているのは、現行憲法が人類の獲得した理念を継承しているからで、憲法改正をするのならそれを超える21世紀の世界の模範となりうる【理念】も提示せず、ただ【攻められたらどうする】程度の発想で、世界に誇りうる理念を保持している現行憲法を変更するのでは、あまりにも情けないではないかという想いがあるからです。 あなたが自分の考えている9条問題には、理想という視点がないと感じられたのは、憲法改正を9条問題に限定しすぎたためにそう感じられたのだと思います。 |
▼流水さん:15395 >ところが、国民の目を9条問題に集中しておいて、本丸は、基本的人権の制限と国民主権の制限にあり、国家管理の強化(特に教育分野とマスコミ)にあると考えているのです。 以前から政府は「環境権」「プライバシー権」などをもち出して9条を隠そうとしていますね。そこでの議論は9条が本丸、と一般的には言われています。 それでも流水さんはあえて本丸は「基本的人権の制限と国民主権の制限にあり」と指摘されています。それは新鮮な着眼であり、私も本質的にはそれだと思います。戦争や軍事は政治の現象や実体(実態)であり、本質的には基本的人権・主権在民をどうやって骨抜きにするか、すなわち民主主義そのものが狙われているのだということに同意致します。 戦争直後の国民の願いは、きっと、「家族と築く、こんどこそ本当に平和な社会」だったでしょう、それを保証するものはかつてのような天皇制・軍産独走ではなく、主権在民=民主主義でした。そう心に決めた国民が、圧倒的多数派であったと思います。今でもそれは多数派です。しかし、当時の人口分布にもとずいた選挙制度が、今日も維持され、それどころか、民主主義を保証する根幹である選挙制度はますます形骸化され、自民党公明党非合法政権のもと、民主党をも巻き込み、すべてが軍事と国際貢献などというお題目のために優先させられていくような社会になろうとしています。そうやって飼いならされ引きずられて行く国民の多数により、かつての理想はますます少数派へと落とし込められて行っています。「見せ掛けの多数派」は現実の多数派を呼び込み、「見せ掛けの少数派」が、ますます現実の少数派へと転落する姿が昨秋の衆議院選挙であり、今回の参議院選挙でありました。 こうなった以上、見せ掛けの民主主義に一定の見切りをつけ、早急に直接民主主義の手法(署名や独自の国民投票)を対置し、国会議員達に選挙制度改正を決議させ、選挙管理内閣の下、選挙を通して新しい政府を選び、憲法を守り通さなければなりません。それでも、この場合、憲法が守られるか否かはその時の国民の意思にかかっていることは言うまでもないことです。 ともあれ「9条の会」の運動は、条文を守ることのアピールにとどまらず、民主主義そのものを国民が取り戻すための運動となることを期待します。 |
●ともあれ「9条の会」の運動は、条文を守ることのアピールにとどまらず、民主主義そのものを国民が取り戻すための運動となることを期待します。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 賛成です。そのために、わたしはあえて【理想】を問題にしているのです。 憲法改正をするのなら、現行憲法を越える理念(理想)の提示こそ求められるべきだと考えています。 それが、護憲という守る姿勢ではなくて、攻める姿勢に通じると考えているのです。スポーツでも何でもそうですが、【攻撃は最大の防御】です。【9条の会】の運動の広がりは、この精神の如何にあると思います。 |
▼流水さん: >●ともあれ「9条の会」の運動は、条文を守ることのアピールにとどまらず、民主主義そのものを国民が取り戻すための運動となることを期待します。 > >・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ >賛成です。そのために、わたしはあえて【理想】を問題にしているのです。 >憲法改正をするのなら、現行憲法を越える理念(理想)の提示こそ求められるべきだと考えています。 > >それが、護憲という守る姿勢ではなくて、攻める姿勢に通じると考えているのです。スポーツでも何でもそうですが、【攻撃は最大の防御】です。【9条の会】の運動の広がりは、この精神の如何にあると思います。 紹介ばかりですいませんが、「九条の会」奥平康弘氏の主張は、流水さんの主張と非常に相通ずるところがあると思います。 http://www.janjan.jp/living/0407/0407277325/1.php 「憲法という政治規範はそういうものであり、守るだけでなく、攻める道具である」 |
▼流水さん: どうもご丁寧な解説を頂きありがとうございました。 残念ながら私には流水さんのご説明を理解することは出来ませんでした。 何度も何度も読み返してみたのですが、私の質問と流水さんのお答えがどこでどう交差するのかさえも分かりません。 ぼんやりと分かるのは過去50年、意見を異にする皆さんの間で想像を絶するやり取りがあったんだなあ、と言うことくらいです。 小学生、中学生、せいぜい高校生あたりの生徒にこれからの憲法はどうあるべきかと説明なさるとしたらどのようになさいますか。私にもそこらあたりのレベルでお願いしたいのです。 あるいは、もしチャンスをいただけるのなら、私の憲法9条に関する知識を知っている限り披露させていただきます。と言っても、せいぜい数ヶ月勉強した知識ですから中身は知れています。その上で、私の知識の範囲でのコメントをお願いするというのはいかがでしょうか。いずれにしろ中身は随分低いレベルになるはずですので、ぜひともお願いしますとは恥ずかしくて申し上げられません。 よろしくお願いいたします。 |
●つまり、自衛隊保持なら憲法改正、自衛隊放棄なら今の憲法を守る、の二つです。実に単純です。この二者択一に「理想なき改憲論者」とか「理想を持つ護憲論者」などの解釈は存在しません。おそらくこの数ヶ月で勉強した「私の憲法9条」に致命的な欠落箇所があると睨んでいるのです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どうもわたしの説明が、ひとり一人よがりだったのかも知れませんね。 1、憲法改正問題は、9条問題だけではない、ということ。 2、現行憲法には、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義という三本の柱(理 念)があること。 3、わたしは、今回の憲法改正の真の目的は、国民主権・基本的人権の制限に あると思っていること。 4、憲法9条の問題は、1.純粋法理論上の解釈の問題(※馬鹿正直さんの提示されている問題)2.現実的に存在する自衛隊問題3.現実の日本の安全保障問題4.日米安全保障条約と9条との問題があり、それぞれが複合的に絡み合っています。 2.3.4.の問題は、戦後政治の中で積み重ねられたいわば作られた現実の問題です。 9条改正反対の立場を取る場合でも、この問題について、納得できる説明が必要になっているのです。作られた現実といっても、現実は現実です。それに対してどう答えるのか、という問いは、避けては通れないのです。 これは、ある意味で【護憲派】にとっては、難しい問いです。護憲派の人々が作り上げた現実ではないにせよ、解決方法は提示せざるを得ないのです。これが【既成事実】の持つ恐ろしさです。 だから、改憲派の人たちは、この問題を主張するのです。 わたしの主張は、9条問題だけでなく、トータルな憲法改正問題として、問い直す必要があるということなのです。 【理想】を強調しているのも、9条問題を主張する改憲派に人たちに、トータルな憲法改正理念を提示してもらおうと言う意味です。 そうしないと、ある条文だけの問題で、憲法改正を進めてしまう結果になり、悔いを千載に残すと考えているからです。 これくらいで、お分かりいただけたでしょうか。 |
▼流水さん: ご丁寧にありがとうございます。 ただ、まだ良くわかりません。 私の質問、自衛隊保持なら憲法改正、自衛隊放棄なら今の憲法を守る、この考え方で問題ないのですね。 |
>▼流水さん: > >ご丁寧にありがとうございます。 >ただ、まだ良くわかりません。 >私の質問、自衛隊保持なら憲法改正、自衛隊放棄なら今の憲法を守る、この考え方で問題ないのですね。 それとも自衛隊の保持は合憲だから憲法改正の必要なし、なのでしょうか。 |
●自衛隊保持なら憲法改正、自衛隊放棄なら今の憲法を守る、この考え方で問題ないのですね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お答えしたつもりだったのですがね。 9条の法的解釈論だけで改憲論を考えるのは、近視眼的ですよと主張したつもりだったのですがね。 あなたの問いは、わたしはこう考えます ★自衛隊保持 ⇒ 改憲という選択もあるし、護憲という選択もある。 護憲という選択をする場合、1、専守防衛という国是を明確にし 2、国連を中心とした平和外交に徹する 3、自衛隊の削減を段階的に行う 4、日米安保条約の段階的解消、のような明確なアクションプログラムを提示する必要がある。 ※法の理念に現実を近づける努力が必要 ★自衛隊放棄=護憲という解釈には、反対しません。 |
▼流水さん: ご回答ありがとうございます。 もしお付き合いいただけるようでしたら、以下のような質問があります。 よろしくお願いいたします。 > >あなたの問いは、わたしはこう考えます >★自衛隊保持 ⇒ 改憲という選択もあるし、護憲という選択もある。 それで、流水さんは護憲の立場なんですね。 > >護憲という選択をする場合、1、専守防衛という国是を明確にし 2、国連を中心とした平和外交に徹する 3、自衛隊の削減を段階的に行う 4、日米安保条約の段階的解消、のような明確なアクションプログラムを提示する必要がある。 >※法の理念に現実を近づける努力が必要 ここのところが一番知りたかったのです。 憲法9条の条文のどの文言をどのように解釈すると自衛隊の保持が合憲だとなるのでしょうか。 やはり『国家や憲法以前の、自己の生命に明白な危険が迫った場合にいわゆる「正当防衛の権利」が自然権として存在する。その正当防衛権の延長として、近代国民国家としての「自衛権」が国際法上認められている』と解釈されたからなのでしょうか。 それとももっと別の解釈からなのでしょうか。 > >★自衛隊放棄=護憲という解釈には、反対しません。 これは良くわかります。 |
どうも9条解釈論をやり始めると、過去の論争と同じ「神学的」と呼ばれる微細な論議をしなければならないので、気が進まないのですが、今回のレスで終わりということで、わたしの考え方を書いておきましょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まず1項の問題です。 国際紛争を解決する手段として、1.【国権の発動たる戦争】2.【武力による威嚇】 および、3.【武力の行使】を放棄の対象に挙げています。 ★基本的確認事項⇒国際法上の戦争は当然として、戦争に至らない実質上の戦争行為や武力行使をほのめかして相手国を威嚇する行為は、広く禁止されている、ということです。 ◆問題点⇒『国際紛争を解決する手段として』という文言が、1.【国権の発動たる戦争】という文言にかかるのか、2.【武力による威嚇】と3.【武力の行使】のみにかかるのか、という見解の相違がある。 詳細は面倒なので省きますが、自衛権を放棄していると読むか、自衛権は放棄しているが自衛戦争を禁じているかの論議に帰着します。 で、次に自衛権とは何かですが、 ※【自衛権】とは、他国による急迫不正の侵害に対して、それに対抗・排除するために真にやむおえない防衛手段をとる国家の権利⇒通常の定義(国際法上の国家の基本権のひとつ) この問題については、最高裁判所判例(砂川事件上告審判決)は、【9条により、わが国が主権国として固有の自衛権はなんら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備・無抵抗を定めたものではない】と解釈している。 これはある程度常識的な解釈だと思える。 そこで問題になるのは、自衛権の行使の問題です。自衛権の行使には、必ず防衛の手段として【武力の行使】が含まれると解するのが普通です。 そこで、問題になるのが、自衛戦争も放棄したのか、自衛権行使のための戦力を保持してその権利の行使に備えることが認められるか、という問題が浮上してきます。 これが、【自衛隊】を認めるか、認めないか、の問題になります。 では、日本が国際法上の権利としての自衛権を保有しているとしても、その権利の行使について、9条は制限を加えており、その結果【自衛戦争】をも放棄しているのではないか、という考え方を巡って論議が分かれています。詳細は長くなるので省きますが、およそ3説あります。 1、侵略戦争、制裁戦争のみならず自衛戦争をも否定している。9条2項は、全面的な戦争放棄の趣旨を徹底させるためのもの。 2、【国際紛争を解決する手段として】という文言を重視して、侵略のための戦争や武力行使を否認したにとどまると解する 3、1項については、1説と同じように理解するが、2項後段の【交戦権】規定は国際法上の交戦権規定を主張しないと言っているだけで、自衛のための戦争は含まれていないと解する わたしは、1の解釈が最も素直な読み方であると思っています。ただ、前のレスにも書いたように、この問題は純粋法理論解釈だけでは、解決しないところがあります。【国家として何の防衛手段を持たないのは現実的でない】という批判に対して有効な反論がないからです。 その他、戦力とは何か、交戦権とは何か、など微細な議論もありますが、それは省略させていただきます。 そのほか9条問題については、様々な論議があり、その議論をいちいち追っていたら、頭が混乱します。 ですから、わたしはトータルとしての憲法問題を論議することを提案しているのです。 |
▼流水さん: ありがとうございます。 小学生に教えるのはとっても厄介なことは重々承知しております。 細かいことなんですがあとひとつだけお願いします。 >詳細は面倒なので省きますが、自衛権を放棄していると読むか、自衛権は放棄しているが自衛戦争を禁じているかの論議に帰着します。 ここのところがどうしても解読できません。 「自衛権を放棄している」と読むか、「自衛権は放棄しているが自衛戦争を禁じている」と読むか、のいずれかの論議に帰着します、と解釈してみたのです。 が、「自衛権を放棄している」と「自衛権は放棄しているが自衛戦争を禁じている」の違いを見つけることが出来ません。 恐れ入りますが、ここのところだけもう一度だけ教えてください。 |
申し訳ありません。 ●自衛権は放棄しているが⇒自衛権は放棄していないが の間違いです。 あなたの頭を混乱させて、申し訳ありません。 |
▼流水さん: 未熟者なりに流水さんのご指導で何とかまとめてみました。 >第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】 >1 > 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 A−1. 自衛権を放棄している A−2.自衛権は放棄しないが自衛戦争を禁じている >2 > 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 B−1. 自衛戦争も放棄した B−2. 自衛権行使のための戦力を保持してその権利の行使に備えることが認められる >次に自衛権とは何かですが、 >※【自衛権】とは、他国による急迫不正の侵害に対して、それに対抗・排除するために真にやむおえない防衛手段をとる国家の権利⇒通常の定義(国際法上の国家の基本権のひとつ) > >では、日本が国際法上の権利としての自衛権を保有しているとしても、その権利の行使について、9条は制限を加えており、その結果【自衛戦争】をも放棄しているのではないか、という考え方を巡って論議が分かれています。詳細は長くなるので省きますが、およそ3説あります。 C−1.侵略戦争、制裁戦争のみならず自衛戦争をも否定している。 C−2.侵略のための戦争や武力行使を否認したにとどまると解する 自衛戦争は否定していない C−3.【交戦権の否定】は国際法上の交戦権規定を主張しないと言っているだけで、自衛のための戦争は含まれていないと解する とまあこんなに幅広い解釈があるんですね。 憲法9条1項でA−1と2、憲法9条2項でB−1と2、自衛権の解釈でC−1,2と3と全部で7通りの解釈に分かれるんですか。 この7通りは全て今の憲法9条の解釈ですから合憲の範囲に収まるって事ですね。 うーん、ちょっと頭を冷やして考えてみましょう。 |
私は戦争放棄派でかつ自衛隊は認める派です。(矛盾があるかもしれませんが) また改憲は必要があれば行えば良いという考えで、特に急いではいません。 しかし何はともあれ「戦争放棄」宣言は、「永世中立国」宣言と同じくらい理想が高く価値あるものだと個人的には思っています。 |
▼流水さん: 「理想なき改憲論者」と言われそうな ワン太郎です。 こういう論調のスレには近寄らない方が安全とは思いつつ、つい飛び込んでしまいます。 真正面からは「勝負になりそうもない」ので からめ手からまいります。 >●「理想を持たないためにほろびた民族はある。理想を持ったためにほろびた民族はない」 企業人ですので、企業経営を例に始めます。 「理想」にこだわりすぎて 滅びた企業はたくさんあります(たくさん見ました)。 問題は、その理想が「世に沿うものかどうか」であります。 旧社会党の古い幹部の嘆きの中に「愚直と云われてもも・・・」という言葉がありました。 一見「理想に殉ずる志」に受け取れます。 しかし、「愚直」でも良いのは「正しい道筋」を進む場合でなければなりません。 そうでなければ「オウム」のようなものでも容認の対象となります。 私の言わんとしている事は、むのたけじ に反しているかのように受け取られるかもしれません。 しかし、私は むのたけじ と同じ事を言っているつもりです。 「自分の手で自分の髪を引っ張れば地球から離れることができると思い込んでいる」ような「理想」もありうるのです。 どちらの理想が「正しい道筋」であるのか、それを問題にすべきであって。 「理想の有無」を問題にするのでは「水掛け論」「泥仕合」となるだけでしょう。 >つまるところ、現実を直視しないものは理想を抱くことができず、理想を抱いていないものは現実を直視することができず、かれらにできることは分別臭いカラを破って虫けらになることだけだ。 これは「護憲」「改憲」どちらの立場に立っても 相手の批判に使用できる言葉です。 >改憲論者の現行憲法批判の基盤は、世界の現実という視点であるが、彼らの言葉からそれにかわる何の理想も聞こえてこない。 いえいえ、それだけ ではないでしょう。 彼等の言葉の中の「理想」を聞こうとしない「かたくなな耳」も問題だと思います。 >ところが、改憲論者が理想とする明治憲法下では、国は一度滅んだのである。 なぜ滅んだか、「不磨の大典」がその誘因ではなかったのか。 「統帥権」などという「拡大解釈」を許してしまう「かたくなな憲法」だったからではないのか? 現行憲法も「不磨の大典」化して しまっていることに危機感をおぼえる国民は多い、との観察は できないのだろうか? >わたしは、がちがちの護憲論者ではない。日本国憲法も【硬性憲法】ではない。だから、どうしても駄目なら改憲すればよいと思う。 >しかし、現行憲法に代わる理想一つ打ち出せない改憲論に組することはできない。 私は、憲法は「道具」の一つと思っています。(極端な言い方です 誤解しないでください) 最優先・最重要なことは日本国民の将来を考えることです、それを「理想」として掲げましょう。 それに最も近いものを「憲法」として「文章表現」すればよいことだと思っています。 その表現に「誤謬」を生じないようにすることが「手法」として重要だと思うだけです。 現行憲法は「文章表現」も「手法」も低劣です。 (なぜそれ程 現行憲法の「文章」にこだわるのか? 私は理解できません) >結局、彼らの主張する現実主義は、【現状追認主義】と同義語であると思う。 >これが15年戦争に巻き込まれた最大の歴史的教訓であるにもかかわらず である。 >歴史から学ばない人間に、新たな歴史が作れるわけがない。 >似非現実論の罠を、徹底的に噛み破る必要があると思う。 「護憲」を語る人々が「敵」として対峙する“改憲派”はそうであるかもしれない、 私も そういう“改憲派”の存在を否定するわけではありません。 しかし、現日本社会の大多数の人々が語る「改憲」は、いわゆる“改憲派”の「それ」では決してありません。 もっとしっかりした観察をお願いします。 目前にいる「敵」だけが「改憲を望む者たち」ではありません。 |
▼ワン太郎さん: ●「理想」にこだわりすぎて 滅びた企業はたくさんあります(たくさん見ました)。 >問題は、その理想が「世に沿うものかどうか」であります。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ★そうでしょうね。むのたけじさんもそのことは否定していない、と思いますよ。 ●「自分の手で自分の髪を引っ張れば地球から離れることができると思い込んでいる」ような「理想」もありうるのです。 > >どちらの理想が「正しい道筋」であるのか、それを問題にすべきであって。 >「理想の有無」を問題にするのでは「水掛け論」「泥仕合」となるだけでしょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ★結局、それでは、理想の有無を問うなということになりますよ。わたしも多くの改憲論者の論調を聞きましたが、戦後の国民や本土復帰後に沖縄の住民が憲法に感じた「わくわくした気分」を感じるものはなかったですね。あなたのいう理屈は、論理的に成立しているようであって、現実にはほとんど存在していないと思います。 ●これは「護憲」「改憲」どちらの立場に立っても 相手の批判に使用できる言葉です。 そうですよ。【護憲】【改憲】というそんなイデオロギー的な立場で語っていないのですから。 改憲論者の現行憲法批判の基盤は、世界の現実という視点であるが、彼らの言葉からそれにかわる何の理想も聞こえてこない。 > ●いえいえ、それだけ ではないでしょう。 >彼等の言葉の中の「理想」を聞こうとしない「かたくなな耳」も問題だと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ なるほど。あなたの耳には、その理想がよく聞こえているのですね。そして、その国の姿があなたの目にははっきり見えているのですね。 それを語らないで、聞こうとしないという批判は、良くないですね。 ぜひ、その美しい理想を聞かせてください。そして、わたしの目にも国の姿が、はっきり見えるようにしてください。 ●なぜ滅んだか、「不磨の大典」がその誘因ではなかったのか。 >「統帥権」などという「拡大解釈」を許してしまう「かたくなな憲法」だったからではないのか? >現行憲法も「不磨の大典」化して しまっていることに危機感をおぼえる国民は多い、との観察は できないのだろうか? それは逆ではないですか。前にも書きましたが、憲法改正を唱える人は、他の誰よりも憲法を遵守しなければ、道義的優位性を保てません。問われるべきは、現行憲法を骨抜きにして(解釈改憲)、【国民の遵法精神】を腐敗させた点の方がはるかに罪が重いのです。戦後60年近く、一貫してなしくずし的に憲法精神を骨抜きにしてきたことの罪は、きわめて大きいのです。 わたしは、法というものは、権力の恣意的行使を縛るところにその淵源があると考えております。 現在の社会の倫理観の崩壊現象の最大の原因は、憲法それ自体の問題ではなくて、政府それ自体が(権力者が)率先して遵法精神を破ってきたところにあると考えています。 わたしは、こういうところはきわめて原理主義的なのですが、率先して遵法精神を崩した人たちが憲法改正をいう資格はない、と考えているのです。 何故なら、憲法とか法というものは、国民統合の根幹です。それを崩した責任者が唱える憲法改正というものに、倫理的優位性を認めることができないのです。 あなたの論理は、この問題について、なんの解答もありません。 >私は、憲法は「道具」の一つと思っています。(極端な言い方です 誤解しないでください) >最優先・最重要なことは日本国民の将来を考えることです、それを「理想」として掲げましょう。 道具ですよ。ただ、次の点を押さえておかなければ、道具として機能しなくなります。 あなたが指摘している「統帥権の独立」のように、【法】それ自体が動き始めるのです。最近の問題でいいましょうか。国旗・国歌法案が成立しましたね。ところが、それを利用して多くの教師が処分されています。「思想信条の自由は尊重する」といいながら、起立しなかったという名目で、処分されています。職務命令違反という形式を取っていますがね。 つまり、【道具】には、二つの意味があります。「国民の道具」という意味と、「権力者の道具」という意味と両面があります。 そこのところをきちんと押さえておかないと、後で後悔することになります。 ●現行憲法は「文章表現」も「手法」も低劣です。 >(なぜそれ程 現行憲法の「文章」にこだわるのか? 私は理解できません) ★文章表現の拙劣さは、ご指摘の通りでしょう。団塊党さんへのレス(15170)でそのあたりの考え方は書いています。 > ●しかし、現日本社会の大多数の人々が語る「改憲」は、いわゆる“改憲派”の「それ」では決してありません。 そうでしょうね。だから、問題なんですね。どういうことかといえば、国旗・国歌でも指摘しましたが(断っておきますが、わたしは元教師ですが、現役教師時代すべての儀式で国旗掲揚し、国歌を歌ってきました。わたしの県ではそれは普通でした)、【法】が成立したとき、よほどの歯止めをかけないと【法】それ自体が暴走するのです。 あなたはいわゆる改憲派のそれではない、といわれますが、おそらく改憲勢力の憲法改正論に飲み込まれるでしょうね。 それが、政治というものの恐ろしさです。 わたしもごちごちの護憲派ではありませんし、頑なに憲法を改正反対を唱えているわけでもありません。(15170参照) しかし、現在の改憲論の貧しさに完全に失望しております。国の基本法改正論が、国民を「わくわく」させえないというのでは、理念ともいえません。 あなたの書いた「国民の将来を考える」で、国民を素晴らしい世界が広がるとわくわくさせえますか。 国の基本法は、国民精神の統合を果たすものです。それを今にいたるまで、わたしたちの目に見える形で提示し得ないでは、何のための憲法改正か、ということです。 |
▼流水さん: まとめてレスをする前に いくつか質問させてください。 >>これは「護憲」「改憲」どちらの立場に立っても 相手の批判に使用できる言葉です。 > >そうですよ。【護憲】【改憲】というそんなイデオロギー的な立場で語っていないのですから。 【護憲】【改憲】と言うのは「イデオロギー的」な対立の話しなのですか? ここの所もう少しお話しいただけませんか? >何故なら、憲法とか法というものは、国民統合の根幹です。それを崩した責任者が唱える憲法改正というものに、倫理的優位性を認めることができないのです。 >あなたの論理は、この問題について、なんの解答もありません。 私に「倫理的優位性・・・」についての議論をお求めなのでしょうか? これについての解答の有無が 今後の議論の継続性に問題を生じるのでしょうか? >しかし、現在の改憲論の貧しさに完全に失望しております。国の基本法改正論が、国民を「わくわく」させえないというのでは、理念ともいえません。 >あなたの書いた「国民の将来を考える」で、国民を素晴らしい世界が広がるとわくわくさせえますか。 この「わくわく」というのは政治においてとても重要なことだと思いますが、 「憲法改正」において「わくわく感」がなければ認められないと言うことなのかどうか、 もう少しお話しいただけませんか? それから少し心配しているのですが、 私のように「改憲」を唱える者との議論はお嫌いでしょうか? (もし、そうであればレスを控えます) |
●私のように「改憲」を唱える者との議論はお嫌いでしょうか? (もし、そうであればレスを控えます) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 別に嫌いではありません。私が嫌いなのは、議論の本質を逸脱して、同じことを繰り返し主張する人です。 ●【護憲】【改憲】と言うのは「イデオロギー的」な対立の話しなのですか? ここの所もう少しお話しいただけませんか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 現実的には、そうなっていますね。わたしはそれが嫌いなほうですが。 ●私に「倫理的優位性・・・」についての議論をお求めなのでしょうか? これについての解答の有無が 今後の議論の継続性に問題を生じるのでしょうか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 憲法改正を唱える、ということは、現行憲法の不備を越える何者かが必要です。 その中に、自分たちはこれだけ憲法遵守をしてきた。しかし、そのため、国民にこれだけの不利益を与えた。だから、この規定は、こう変えれば、国民にこれだけの利益を与えることができる、というメッセージが必要です。倫理的優位性とは、そういう説得力のことを指します。 あなたの憲法改正論には、まだその点が見えないので、そう書いたのです。別に、あなたに倫理的優位性を求めているわけではありません。 ●この「わくわく」というのは政治においてとても重要なことだと思いますが、 「憲法改正」において「わくわく感」がなければ認められないと言うことなのかどうか、 もう少しお話しいただけませんか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「わくわく」感というものは、【希望】と言い換えても良いと思います。 わたしは、【憲法】というものは、国民が胸を張って語れたり、子供たちが未来に希望を抱けるものでなければならないと思います。 残念ながら、多くの改憲論者から聞こえてくるのは、「押し付けん憲法」とか「攻められたらどうする」という論調が多く、国民が胸をはれたり、子供たちが未来に希望を抱ける内容などは聞こえてきませんね。 それを改正論者であるあなたからぜひ聞きたいものですね。 |
▼流水さん: 流水さんのご意見をさかのぼってチェックしますと、議論のポイントは違うところにした方が良さそうに思えてきました。 15171で団塊さんにお答えになっている内容は、私の考えと多くのところで一致しています。 (私の考えは、【12051】と【14863、14870】で述べています) 要するに、現行憲法の理念については大賛成である。 しかし、条文の表現の拙劣さと時代の変化(特に情報技術の進歩など)によって、このままの条文では不安がある。 (拡大解釈は今以上に進む可能性がある、武力以外の方法で 他国の侵略ということも可能になってしまう、どうするのか?) と言うことです。 これは9条についてでありますが、9条以外にも不安や不満が多い、ということです。 そこで、いま憲法の改正が検討されている時期に、「護憲派」と言われる人々は、「護憲」を唱えるだけでよいのか、 それではイデオロギー的な意味合いで改憲を望んでいる人々の提出する「改憲案」に押し流されてしまうのではないか、 と危ぶんでいるのです。 それよりも、積極的に理念を追求し「時代にあった憲法を提案」した方が良い、と主張しているのです。 座して「護憲」を唱えているだけ では「イデオロギー改憲派」に「手を貸すようなもの」だと、毒づいているのです。 どうも、流水さんと議論のポイントは、 「座して・・・」という、「改憲」にたいする「具体的活動姿勢」の選択。 私のような「改憲派、容認派」が 実は国民の大多数ではないか、と言う「分析」。 ではないでしょうか? (それが、題名の「目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません」となっています。 |
●どうも、流水さんと議論のポイントは、 「座して・・・」という、「改憲」にたいする「具体的活動姿勢」の選択。 私のような「改憲派、容認派」が 実は国民の大多数ではないか、と言う「分析」。 ではないでしょうか? (それが、題名の「目前にいる「敵」だけが「改憲派」ではありません」となっています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どうやら、そうらしいですね。わたしの問題意識は、この枝の馬鹿正直さんのレスで書いていますので、お読みください。 ただ、わたしは安易な全面的改憲容認だけはしないつもりです。理由は、この枝で書いたとおりです。 最大の懸念は、9条問題だけでなく、国民主権・基本的人権の制限が、行われる危険性がきわめて高い、ということです。 これが憲法に盛り込まれると、たちまち国旗・国歌問題で処分された教師たちと同様な運命が国民を襲います。 これが、【法】のもつ恐ろしさです。 だから、理想が重要になるのです。どのような理念を掲げるかで、全てが変わってしまいます。わたしは、改憲派とひとくくりするつもりはありません。ただ、【護憲派】【改憲派】の色分けを超えて、本当の意味での憲法論議を深める必要は感じています。 |
流水さんのお考えの概要は認識できました。 もともと、流水さんに どうしてレスしたのか、に戻ってみます。 「理想なき改憲論者を撃つ!」のタイトルに刺激されたからでした。 「改憲派」をひとからげにし「何の理想も聞こえてこない」と こき下ろされたからでした。 「憲法」の そもそも を考えてみます。 憲法は誰かが「書いて、作ったもの」です。(米国に押し付けられた等と言いたいのではありません) 誰かが「書いて、作ったもの」を「変更して」はいけない、ということが理解できないのです。 「書いて、作った」人が「絶対の存在」であるなら 理屈は立ちます。(明治憲法のように) かつては 憲法を検討する「論憲」すら、護憲派の人々は反対しました。 護憲派の人々は「憲法の管理人」であるかのように振舞われます。 憲法は国民のものであります、常に憲法を精査・吟味し、改定を提案する権利はすべての国民にあります。 私が一番残念に思うのは、もっと早い時期に「憲法論議」を全国民レベルで展開できなかったか、であります。 そうであれば、この老人党サイトのあちこちで聞かされる「ぼやき、なげき」の大半は解決できていたのではないかと。 護憲派の人々は言います。 いや、改悪されもっと悪い方向に進んでいた、それを我々は防止してきたのだ、と。 国民を「未教育な子供のように」あつかいます。 証明の手段はありません。「If」を夢想するだけです。 国の自衛権を確認し、自衛隊の存在を「徹底した自衛に限定する」9条に改定していたら、 間違っても、現在のイラク派兵のかたちには なっていなかった筈だ、 北朝鮮の数々の暴挙も 自制され これ程までにはならなかった筈だ、・・・等と。 「今より良く(悪く)なっていたかどうか」は判りません、 しかし、国民の意識は「もっと自立」したものになっていた筈、というのは確かだと思います。 |
ウミサチヒコさん、お帰りなさい。 憲法に関してですが、主権在民等の精神等は立派なものだと思います。 そういった部分を含めて、日本人の手によって憲法を白紙から制定しなおす作業に入るべきだと思います。 9条に関して、これは「平和主義」といわれているところですけれども、現実に軍(自衛隊)を放棄することは出来ません。しかし、統帥権が独立していたために軍が政治の手を離れていたことの反省も、日本人として真摯に受け止めねばならない問題でしょう。 私は、この「平和主義」に関しては ・日本国は、国民、領土、領海、国家主権の侵害に対し独立を保持する目的で、陸海軍その他の戦力を保持する。 ・国際的紛争手段の解決のためにこれを行使する場合、外交的努力を第一義とし、軍事力の濫用はこれをしてはならない。 と明記しておけば、よろしいかと思います。 これは私の私案ですが、 いずれにしても、占領軍政下に制定された憲法の法的瑕疵というものが存在する以上「破棄―創憲」の過程を様々な角度・識者そして国民大衆の手によって造らねばならないと思います。 成立過程の法的瑕疵に関しては先述いたしましたので割愛させていただきます。 この件に関して、 昨日の産経新聞にて上智大学の渡部教授が興味深い小論を書かれていました。 http://www.sankei.co.jp/news/seiron.htm 占領行政下で制定の憲法は無効 ≪版権者まで徹底して消去≫ アレキシス・カレルの『人間−この未知なるもの』が天下の名著であることを否定する人はまずいないと思う。私も大学の倫理学の授業で、「試験のためには、これ一冊読めばよい」と言われて精読した。それで自分が教壇に立つようになってからも、学生たちには機会あるごとに、この本を薦めた。 ところが、そのうち「その本は見つかりません」という学生が何人も出てきた。絶版になっているらしい。そんなら自分が新訳を出してもよいと思っていたら、そういう出版社が出てきた。「フランスの版権の方をきっちりしてください」と念を押して、いろいろ調べてもらったら、どうしても版権所有者がわからないという。「こんな名著がどうして」と不思議に思っていたら、だんだん事情が明らかになってきた。 それはカレルがあっさりドイツに負けたフランス人の弱体化を憂い、その弊害をあらため、昔の強健なフランス人をつくるための研究施設をビシー政権に作ってもらったことによるものらしかった。しかしドイツが連合軍に敗れたあと、ビシー政権に関係したフランス人たちはコラボラテューア(対独協力者)として反逆者扱いにされた。カレルは愛国心・民族愛からやろうとした研究施設を計画したのだったが、コラボラテューアに分類され、著書の版権者まで消えてしまった。 ところで、ドイツ軍がパリにいた間の約五年間、ビシー政権の下でもいろいろの法律が出されている。これはどうなったか。 ≪フランスと日本との違い≫ ロンドンに逃げていたドゴールが帰国すると、ビシー政権はなかったこととなり、その政府の出した法律もなかったことになったそうである。では日本ではどうだったのか。フランスがドイツ軍に制圧されていたのは約五年間。日本が連合国の占領下に置かれていたのは約七年間。大した違いはない。それなのにフランスと日本の被占領下の時代に対する相違の大きさはどこからきたのであろうか。 条件の違いはいろいろある。フランスは白人国でアメリカの先進国でもあった、実態はなくともドゴールがロンドンで気炎を上げ続けていた、等々。しかし最重要点ではフランスも日本も同じである。フランスは五年間ナチス・ドイツの支配を受けた政府の下にあったことである。ビシー政権は本当の主権のない政府であった。占領下にあった日本政府のように。 日本の政府だって占領下の七年間は主権がなかったのではないか。ビシー政権よりもずっと完全に主権を奪われていたのではないか。 このことは当然、国家主権の発動の印である憲法の制定が、日本では主権がなかった時代に行われたことを意味する。占領下の日本の主権が日本国憲法(新憲法)を持つ日本にはなく、占領軍にあったことは、東京裁判による死刑が日本国内で行われたことで明らかである。つまり日本の主権の上にさらに高い権力があったことになる。この最高権力から見れば、憲法を含めてすべての占領下の日本の法律・政令などは、占領行政にすぎなかったことになる。 ≪新憲法による改正も疑問≫ 独立回復をしたときに日本政府は、占領下におけるすべての法律・政令などは、憲法も含めて「本質的に無効である」と宣言すべきであった。 だからといってすぐに無法国家になるのではなく、憲法はじめ作り直しが済むまでは現行のままでよいとすべきであろう。本当は占領以前の法律に戻るべきであるが、占領下七年間の変化は、それをやるにはすでに大きすぎたと思う。 現在の憲法改正運動の趣旨には賛同するが、新憲法の改正手段を憲法第九六条の改正手続きによることは、やはりマッカーサーの掌上でダンスをすることになるのではないか。主権なき占領下に作られた憲法は本質的に無効であることを宣言してから取りかかるべきではないだろうか。第一、憲法が作られるときには、それに対して批判することや反対論を公然と主張することは占領軍に厳重に禁じられていたはずである。 占領下七年の法律は、すべて「進駐軍の命によって」あるいは、その許可、黙認によって成立したものであるから、本質的に無効だ、と断言してくれる首相は出ないものだろうか。議会の過半数があれば有効な決議ができると思うのだが。これは今の日本にドゴールのような人物がいないためなのか、それとも私の考え方が間違っているのか、教えてくれる方があったらありがたいと思っている。 引用終わり |
▼つるみさん:15409 >この件に関して、昨日の産経新聞にて上智大学の渡部教授が興味深い小論を書かれていました。 つるみさん、ご無沙汰です。 つるみさんが引用している渡辺教授の小論は、以前につるみさんが流水さんと散々議論されたものとトーンが同じようです。 ビシー政権はドイツの傀儡であった、これをフランス人民は認めなかった。米軍占領下の日本政府もたしかに米軍の強い監視下にあった、しかし日本政府への日本の人民の圧倒的支持があった。その同一性と相違性は、ビシー政権と日本政府の出自の類似性・相違性から語るのでなく、それぞれの政府が、どのような民主主義的手続で成立していたかの観点から見るべきでしょう。ビシー政権は民主的選挙の洗礼を受けていたか?否であると思う。それを証明するのはレジスタンスである。 日本の場合はどうか?婦人参政権を与えられ、誰からの強制もなく監視もなく、サンフランシスコ条約の前であれ後であれ、今よりよほど優れた民主的選挙が行われていたと思っています。(2.1ゼネストの頓挫はまた別の問題。)つまり、ビシー政権と占領下の日本の類似性を何とかして見出したい渡辺教授の試みは、完全に破綻しているのです。形式主義者が、なにかを証明したくて墓穴をほってるあわれな姿、とでも表現しておきます。このような教授に学んだ学生はさぞかし意気揚々と改憲論など披瀝するのでしょうね、まるで松下政経塾生のように…。脱線したかな? |
▼ウミサチヒコさん:おはようございます。 >つるみさんが引用している渡辺教授の小論は、以前につるみさんが流水さんと散々議論されたものとトーンが同じようです。 そうですね、わが意を得た小論だな、と思いましたので紹介させていただきました。 >ビシー政権はドイツの傀儡であった、これをフランス人民は認めなかった。米軍占領下の日本政府もたしかに米軍の強い監視下にあった、しかし日本政府への日本の人民の圧倒的支持があった。 ここに欺瞞があるわけです。民主社会の全逓である「知る権利」が全く存在していなかったのが占領体制下で、いわば「騙されていた」ようなものです。 昭和20年9月1日から20日間、検挙されただけで米兵による強姦事件が、神奈川県下だけで1200件を超えているのですよ。神奈川県下だけ、検挙されただけの数です。そういったものは全く報道されず、余剰農産物となっていた家畜のエサを飢えた人民にあたかも善人面して配って支持を得る。狡猾かつ陰険なやり口です。 その同一性と相違性は、ビシー政権と日本政府の出自の類似性・相違性から語るのでなく、それぞれの政府が、どのような民主主義的手続で成立していたかの観点から見るべきでしょう。ビシー政権は民主的選挙の洗礼を受けていたか?否であると思う。それを証明するのはレジスタンスである。 GHQの占領支配が正当性があったか? 否であると思います。それを証明するのは東京裁判の欺瞞ですね。 >意気揚々と改憲論など披瀝するのでしょうね、まるで松下政経塾生のように…。脱線したかな? いや、96条を根底にした改憲論は所詮、米製憲法を既に受け入れている時点で米国への屈従を受け入れるということでありまして、私から見ますと改憲論も護憲論も同じ穴の狢としか思えませんね。 |
▼つるみさん:15551 おはようございます。 私は渡辺小論文について批判しました。渡辺小論文は、ビシー政権と戦後日本政府をアナロジーして「だから憲法は無効」と我田引水を試みたものだったわけです。それに対して、つるみさんは個別事例をあげて反批判を試みていますが、その反批判はあまんじて受けましょう。 私が論拠としたものはフランスのレジスタンスであり、戦後日本の普通選挙制度なわけです。ですから、もしフランスにレジスタンスが無く、日本に普通選挙制度がなかったら私の論拠は崩れるわけです。仮定に耐えられない論拠は論証になっていないことはわかりますが、要は、総体として憲法の理念を尊しとするか否かにかかっています。都合の良い事例を持ち出して論争するのが目的ではありません。 |
ウミサチヒコさまご苦労様でした。 「九条の会」此れから地方でも開かれるとの事ですから、九条の会Webサイトを気をつけて拝見して、私の出席できる範囲でしたら絶対に行きます。 改憲派は、直ぐ外敵が攻めて来た時、丸腰では守れないからと云う論争から軍隊は必要と成ってまいります。 しかし過去の戦争で直接被害を被った人びとは、集団暴力いわゆる戦争が如何に人類の最大な愚かな行為だと云う事を体で知っています。又、自国を武力で守るならば、どこの国にも負けない程の武力、終着には、核兵器も必要に成ります。そして軍が強大化すると文民統制も効かなく成る事を身をもって体験しています。仮に日本に外敵が攻め込んだとして、どう戦うか。食料、物資の製造、補給はどうするかまでは論じられておりません。アメリカが何でも運んでくるのでしょうか。補給がいかに大事か、今回のイラクでもアメリカが自衛隊を補給に使っている事でも補給は一番重要で、戦争は軍人だけでは戦えないと云う事をご存知ない。 以前テレビで番組の中で与党の質問に「日本に他国が攻めた時に軍隊がない社民党ではどうする」と云われた党首の福島みずほ氏は戸惑った顔をされ口籠っていました。 護憲を称える政党の党首でしたら、何でもよいビシャッと言える言葉をもってほしい。 私の持論です。 「国家の命令でも人が人を殺す愚かな行為は出来ません。もし外敵ガ攻めて来た時は、私の小さな命でもよかったらもどうぞ」 と言います。 何故無抵抗かは抵抗すればする程、子供など弱い者の死傷者が増えるのは必定だからです。 >失われた60年を取り戻すのに今からでも遅くない、意気あるものは進め、いざいざ参ろう。社共・民主を踏みこえ、5000万「新日本・民主主義党」の旗揚げを目指して! 今、世界中から戦争や軍を無くなし其のお金を有効に使うべき。それは軍隊を持たない護憲から始まる様な気がしております。世界で丸腰の国家が一つ位は有ってもいいじゃ有りませんか、平和はそこから始まります。 ユーキャン出版局の昭和と戦争DVDを購入してあらためて戦争とはを自問自答してみます。 http://www.ntkr.co.jp/tuhan/ |
▼ごまめの翁さん:15428 こんばんわ。 私は基本的に現体制是認派です。しからば、現体制が約束したことはやってほしいと思うだけの人間です。人の命とか、自由とか、平等とか、人権とか、民主主義とか・・・それを言っていながらやらないのは欺瞞であると、そう思うだけの人間です。 現体制が平和的に続けばいいと思っています。アメリカはすばらしい国と思っております。他国を干渉して戦争さえしかけなければ、何も言うことはありません。日本もすばらしい国であると思っています。でも、やたらと米国に加担して(加担してもらって)、そこに日本の未来があるかのような幻想を振りまいて、その実、過去に戻ろうとしている。 中近東にしてもそうです。パレスチナとの境界線を犯して入植地とやらを作って、反撃をくらえばテロはけしからんと言って爆撃する。そういう考えと同じの人たちが「自衛権」とかふりかざして軍備を持つことを正当化しようとしている。どんな大義名分があろうと、そういう人間たちがやろうとしていることにまず疑念を持つ、それはあたりまえです。自衛権が認められるか認められないかなどの議論の前にくる人間の感覚です。 世界で起きていることへの正しい判断が「出来ない」人たちの改憲論が怖いのです。憲法について、あたかもパズルを解くがごとしの議論があります。私にとってそのようなものは唾棄すべきものとしか思えません。私は「ごりごり」の護憲主義者です。思えば、30年以上も前から「非武装中立」論者でした。それと私は、30年以上、コンタクトレンズをしています。何十枚無くしたか(買ったか)分かりません。しかし、コンタクト製造会社と社会党からは、表彰状は一切、来ていません。(怒) |
うみさちひこさま 返信嬉しく拝見。 お書きに成っている内容はほぼと云うか全面適に賛成です。私のアメリカ感は、終戦時の占領軍時代とは大分変わったと感じています。好き嫌いは別にして不思議な国家で西部劇での正義とはずれてしまった利権だけの国家に成ったと思っています。 ご存知と思いますが、私の様に戦争により直接家族をなくなした者は、絶対に護憲は続けなくてはと思います。先の参議院選挙も自民党を減らす為に止むなく民主党に入れましたが、社民党や共産党は護憲のみで理念が感じられないですから、貴殿が提唱される様な政党が出来るのが理想です。 私はある意味で憲法改正論者です。基本的には憲法9条に手を加えるのは反対で現状維持です。 何故と申しますと六法を見ると書き込んでる文章は古過ぎて、今の時代にはそぐわないと思います。誰にでも読んだだけで判る文章にするべきではないでしょうか。私の様に学の無い者には判りませんが、先日の年金法にでも視られる様に、複雑に成り過ぎ担当官僚もミスをする程、付則に付則が付きまた付則と複雑になり、これが政治家や官僚が色々な解釈を変える温床に成っていると思っているのは私だけでしょうか。 以上の理由で改憲ですが、今の政治家に憲法を迂闊に触られると何をしでかすか判らないので、渋々現状維持なのです。 追伸 今の日本は憲法改正や行政改革より、あらゆる社会悪の粛正が必要です。 |
護憲・改憲についてはウミサチヒコさんと立場が異なるのですが、 アーミテージがあからさまに9条を云々して、世界=米国にもっと軍事貢献せよといるような圧力状況下では、現行憲法いじるのは危険だと思う。創憲の民主党もしばらくはムニャムニャでよろしい。私の言いたいことは、大体ワン太郎さんが言ってくれています。盛り上がらない話ですんまへん。 |
▼安本単三さん: >護憲・改憲についてはウミサチヒコさんと立場が異なるのですが、 >アーミテージがあからさまに9条を云々して、世界=米国にもっと軍事貢献せよといるような圧力状況下では、現行憲法いじるのは危険だと思う。創憲の民主党もしばらくはムニャムニャでよろしい。私の言いたいことは、大体ワン太郎さんが言ってくれています。盛り上がらない話ですんまへん。 安本単三さん、ご無沙汰です。 >創憲の民主党もしばらくはムニャムニャでよろしい。 そうあってほしいです。安さんはもうほとんど「護憲派」ですね(喜)。さあ、あと半歩前へ! |
▼ウミサチヒコさん: 海外に行かれたらしいですね。お久しぶりです。 ケンカ別れはもうチャラにしてください。 今後ともおつき合いの程よろしくお願いします。 憲法についての見解はややずれていますが、方向性は同じですから5000万民主主義新党の一員に私も入れてください。 小さな違いを乗り越えて団結していかないと、とんでもない憲法ができるかもしれませんからね。 しかし「理念を進化」させるにはその小さな違いにもこだわり議論していく必要はあると思います。 なあなあではダメです。 老人党は議論する場所ですから。 それにしても社民、共産の衰退は気になります。 この両党が政権の一翼を担う方向に行かないと、日本は危ない。 ニュー社民、共産の姿を早く見せて欲しいものです。 |
▼団塊党さん:おはようございます。 なんという勇気あるご発言、こっちこそよろしくお願いします。5千万新党はいわずもがなの空想です。まじめな空想です。それを知りつつ「入党」を申し込むとは、しゃれのわかるお人やなー。よし、これからが本番だ。今日はここまで。いってらっしゃい。 |
ごめん下さい。 「九条の会」、素晴らしかったようですね。 こちらのサイトでレポートを連載しています。 http://www.janjan.jp/living/0407/0407267299/1.php |
想像してみましょう。 今、ワタシは、昭和20年8月、敗戦後の焼け跡に立っています。 アフガンやイラクのように? アメリカに徹底的に空襲をうけた、焼け跡に立っています。 その場所で、無垢な心で、 誰が作ったとは知らない、 にほん国憲法を読んだなら、 どう、思うんだろう。 新しい概念。 最前線の思想。 爆弾の降り続けた空に 夢で描くことさえ出来なかった、戦争をしない国。 想像してみましょう。 戦争をしない国は、侵略されます。 でも、戦争にはなりません。 だって、戦争はしないのですから。 で、その国は、いつの間にか戦争をしない国になって、 また侵略されてしまいます。 そしていつの間にか世界が一つになりましたとさ。 なんて、逆侵略はムリなんでしょうけど。 こんな感じの軟弱かつ強靱な思想の誕生を 世界は待ってる気がするなぁー。 |
▼棚田稲田さん: >想像してみましょう。 まるで詩ですね。 感動しました。(あっ、どこかで、誰かが言いましたね、困ったなぁ。。。でも本心だから) |
▼みなさま: このスレッドの書き込み数が50を越え、重くなってきましたので 新スレッド「老人党は憲法の理念を進化させる・2」を立てました。 以後のご議論は新スレッドをご利用下さいますよう よろしくお願い申し上げます。 |