Page 2308 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼天皇制について 3 とうろう 05/1/21(金) 16:37 ┣Re(1):天皇制について 3 告天子 05/1/21(金) 18:13 ┃ ┗Re(2):天皇制について 3 真人間 05/1/21(金) 23:42 ┃ ┣Re(3):天皇制について 3 告天子 05/1/22(土) 0:04 ┃ ┗Re(3):天皇制について 3 告天子 05/1/22(土) 0:20 ┣Re(1):天皇制について 3 告天子 05/1/21(金) 19:39 ┃ ┣Re(2):天皇制について 3 めだま君 05/1/22(土) 0:22 ┃ ┣Re(2):天皇制について 3/暫しお待ちを とうろう 05/1/22(土) 0:35 ┃ ┗Re(2):天皇制について 3 JIMBOUF 05/1/22(土) 5:50 ┃ ┗反・偶像崇拝主義 沈黙の初夏 05/1/22(土) 8:58 ┃ ┣Re(1):反・偶像崇拝主義 告天子 05/1/22(土) 22:47 ┃ ┣Re(1):反・偶像崇拝主義 告天子 05/1/22(土) 22:52 ┃ ┗[管理者削除] ┃ ┣Re(2):反・偶像崇拝主義 告天子 05/1/24(月) 1:45 ┃ ┗移動しました 管理スタッフ 05/1/24(月) 21:19 ┣Re(1):天皇制について その5(1) とうろう 05/1/23(日) 9:23 ┃ ┣Re(2):天皇制について その5(1) 告天子 05/1/23(日) 10:12 ┃ ┗Re(2):天皇制について その5(1) 告天子 05/1/23(日) 10:30 ┣Re(1):天皇制について その5(2) とうろう 05/1/23(日) 9:32 ┃ ┗Re(2):天皇制について その5(2) 告天子 05/1/23(日) 10:47 ┣Re(1):天皇制について その6(1) とうろう 05/1/23(日) 9:36 ┃ ┣Re(2):天皇制について その6(1) 告天子 05/1/23(日) 11:12 ┃ ┗Re(2):天皇制について その6(1) 告天子 05/1/23(日) 11:13 ┣Re(1):天皇制について その6(2) とうろう 05/1/23(日) 9:38 ┃ ┣Re(2):天皇制について その6(2) 告天子 05/1/23(日) 11:25 ┃ ┗Re(2):天皇制について その6(2)ご参考まで(1) 風谷 米造 05/1/23(日) 14:53 ┃ ┣Re(3):天皇制について その6(2)ご参考まで(2) 風谷 米造 05/1/23(日) 14:54 ┃ ┃ ┗Re(4):天皇制について その6(2)ご参考まで(2) 牛の5 05/1/23(日) 21:54 ┃ ┗Re(3):天皇制について その6(2)ご参考まで(1) とうろう 05/1/23(日) 16:48 ┣Re(1):天皇制について その6(3) とうろう 05/1/23(日) 9:41 ┃ ┗Re(2):天皇制について その6(3) 告天子 05/1/23(日) 11:45 ┃ ┗Re(3):とうろうさんにご質問 告天子 05/1/23(日) 12:09 ┃ ┗Re(4):とうろうさんにご質問/承知しております とうろう 05/1/23(日) 13:21 ┃ ┗Re(5):承知しております/疑問が深まりました 告天子 05/1/23(日) 13:33 ┃ ┗Re(6):疑問が深まりました/よく分かりません とうろう 05/1/23(日) 16:30 ┃ ┗Re(7):疑問が深まりました/よく分かりません 告天子 05/1/23(日) 19:35 ┃ ┗Re(8):よく分かりません/テイクノートしました とうろう 05/1/23(日) 20:14 ┣Re(1):天皇制について 3 PCOG 05/1/24(月) 12:37 ┃ ┗手ぬるい 沈黙の初夏 05/1/24(月) 15:15 ┣Re(1):天皇制について その7(1) とうろう 05/1/24(月) 17:17 ┃ ┣Re(2):天皇制について その7(1) 告天子 05/1/24(月) 21:41 ┃ ┗Re(2):天皇制について その7(1) 告天子 05/1/24(月) 21:42 ┣Re(1):天皇制について その7(2) とうろう 05/1/24(月) 17:19 ┃ ┗Re(2):天皇制について その7(2) 告天子 05/1/24(月) 21:43 ┣Re(1):天皇制について その7(3) とうろう 05/1/24(月) 17:21 ┃ ┗Re(2):天皇制について その7(3) 告天子 05/1/24(月) 21:44 ┗Re(1):天皇制について その7(番外) とうろう 05/1/24(月) 22:27 ┗Re(2):天皇制について その7(番外) 相良唯夫 05/1/24(月) 23:05 ┗Re(3):天皇制について その7(番外)/どうか具体的に とうろう 05/1/25(火) 0:27 ┣Re(4):天皇制について その7(番外)/どうか具体的に 告天子 05/1/25(火) 0:47 ┃ ┗Re(5):天皇制について/どうか具体的に/一証明? とうろう 05/1/25(火) 0:56 ┗Re(4):天皇制について その7(番外)/どうか具体的に 相良唯夫 05/1/25(火) 0:58 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 天皇制について 3 ■名前 : とうろう ■日付 : 05/1/21(金) 16:37 -------------------------------------------------------------------------
▼告天子さん:横レス失礼致します。 こんにちは。先のスレッドが満杯のようで新しいスレッドを立てました。 さて、下記のように仰っていますが、私は当初から「延々延々」と申しました。途中から言い出したことではありません。諒解頂いたものと思っていました。また、先にも暫し猶予をと言い、お付き合いいただけないなら、どうぞご自由にとも申しております。 本論に関係のない、貴方の感ずる私の議論の進め方の印象を一方的にここに表明されることには奇異な感じをもっております。貴方が疑義を持ち、私に誠実さに欠けるとお思いなら上にも申しましたように自由になさって下さい。 なお、私は今までの告天子さんのご意見、相良さんのご意見、また、風谷さんのご意見は全てファイル、記録しております。何れ時が来たら遅くなっても必ず意見を差し上げるつもりです。 事実関係を確認しながらなので時間を要すとも申し上げた筈で、また、お急ぎの理由でもあるかとお伺いした際は「無理しないで」と暖かい言葉も頂いていたのですが。 また、私の意見に疑義があれば、正にその私の意見に即して具体的に指摘ください。そこで言わないで、ここでこのように言われるのは理解できません。お答えようもありません。 この機会に一言だけ気になっていることを申します。 貴方はしきりに弊論を「廃帝論」などと仰っていますが、「帝(みかど)」と言う言葉は、私にとっては「帝国」の「帝」であって、天子様、天皇様と臣民(国民)みなが服従、尊崇していた時代の言葉の印象です。貴方にはこれと同じ感覚なのでしょうが、私には、何かセンセーショナルな、少し、時代錯誤的な言葉に聞こえます。 貴方がそのように感じられるのは結構ですが、私は、とうろうの「廃帝論」などとは一言も申しておりませんので表現に関してはご留意ください。 以上宜しくお願いいたします。 【41323】Re(2):どこにレスしたらいいものやら。。1. 告天子 - 05/1/21(金) 15:29 - ▼とうろうさん: >>▼風谷 米造さん: > >>はじめまして。こんにちは。 > >>これは特に私宛へのご意見ではないようですが、若し私とうろうへのご意見であれば、一連の告天子さんへの私の意見が終わってからコメントさせて頂きます。 >横レスさせていただきますが、とうろうさんの告天子へのコメントに対して、告天子もほぼ全文に渡ってコメントを付けているのですから、 >>一連の告天子さんへの私の意見が終わってからコメントさせて頂きます >ということは、風谷さんへのコメントはしない、ということに実質なると思いますが。また、「えんえんと、えんえんと話させてもらう」と、とうろうさんは表明済みなのですから、「意見が終わる」ことは「ない」ように思えます。 >ところで、とうろうさんが私に「定義を示してください」とか「具体的に説明してください」とお尋ねの件については、いちいち私は答えておりますが、とうろうさんはご自身の意見が否定された箇所については、誤りだったとも告天子の意見が間違いだったとも書かずに無視されているように思えますし、また、戦前の日本人がどういうコースを取ればよかったのか、その質問についても「一連の意見が終わってから答える」で、結局お答えをいただいていません。 >そればかりか、別スレッドについて一文一文コメントを付けてほしいと言い出すなど、とうろうさんの姿勢に対して私は多少疑いを持っているところです。 >自分は答えないで、相手にだけ質問、質問、また質問で、鼻面を引っ張り回すようなことをされるだけで、またコメントの時期も明瞭にしないが招来することだけ匂わすのならば、議論の態度として誠実さを欠くと思います。16 hits |
▼とうろうさん: >この機会に一言だけ気になっていることを申します。 > >貴方はしきりに弊論を「廃帝論」などと仰っていますが、「帝(みかど)」と言う言葉は、私にとっては「帝国」の「帝」であって、天子様、天皇様と臣民(国民)みなが服従、尊崇していた時代の言葉の印象です。貴方にはこれと同じ感覚なのでしょうが、私には、何かセンセーショナルな、少し、時代錯誤的な言葉に聞こえます。 内容的に、天皇制を廃止せよという論かと思いましたので「廃帝論」と表現したのですが、「天皇制廃止論」でも結構ですよ。具体的には、レジメの最初に既に現れているように、 >>天皇に、このような人間としての犠牲を強いてまで、国民が「象徴」として頭(かしら)に頂く理由は無い、と考えるものです。そして、私は「天皇を頭(かしら)に頂いている国益」を特に実感しないものでもあります。>> 他にも、天皇制廃止を主張されている箇所は、多数あげることが出来ると思います。 >貴方がそのように感じられるのは結構ですが、私は、とうろうの「廃帝論」などとは一言も申しておりませんので表現に関してはご留意ください。 とうろうさんは天皇への崇敬感情を「時代錯誤」とするから、「廃帝論ではない」と仰るのでしょうが、それでは、廃帝論どころか、天皇を敬う精神そのものも否定的に見ておられるということですね。改めて、驚きを感じました。 つまり、「天皇制廃止論」であり、その上、「天皇を敬う精神も否定する論」である、ということですね。 |
▼告天子さん: >>▼真人間さん: >▼告天子さん: >>ご苦労は、あると思います。しかし、天皇さんは別にして、自分の私見が言えない,行動に移せない、何も建設的な事ができない天皇制(日本の象徴)に、多くの宮内庁の職員や、いろいろな国家予算を、あてる必要があるでしょうか。私は、無駄の骨頂だと思うのですか。 >天皇陛下にしても皇族方にしても、ご公務で多忙などという話ではないと思いますよ。真人間さんは「無駄」と仰いますが、では天皇陛下に何か「役に立つ公共事業をせよ」と?。国家予算は様々な状況やらいきさつやらがあって決まるものですから、無駄というなら個別具体的な話でないと、単なる極論だと思います。また、君主は役に立つとかどうとかが存在意義ではありません。国民統合の象徴として、存在すること自体が既に意義でしょう。 天皇を日本の象徴とする憲法も、日本が大東亜戦争で敗戦した直後GHQが、ソ連の勢力を懸念して、日本の左傾化傾向を抑えるために、右傾化勢力を増す為に作られた憲法だと思います。社会主義体制の元締ソ連も崩壊したことだし、当初目的も無くなりました、まだ、大掛かりな天皇制は、必要でしょうか。 失礼しました。 |
▼真人間さん: >天皇を日本の象徴とする憲法も、日本が大東亜戦争で敗戦した直後GHQが、ソ連の勢力を懸念して、日本の左傾化傾向を抑えるために、右傾化勢力を増す為に作られた憲法だと思います。 やはりGHQが作った憲法だとお考えですか。右傾化勢力を増すために作った憲法の割には、不発な気がしますが・・・。 >社会主義体制の元締ソ連も崩壊したことだし、当初目的も無くなりました、まだ、大掛かりな天皇制は、必要でしょうか。 では、憲法改正が必要ですね。まあ、「天皇制」の目的がソ連抑止のためだったとは驚きですが・・・。 > >失礼しました。 |
▼真人間さん: >・・・日本の左傾化傾向を抑えるために、右傾化勢力を増す為に作られた憲法だと思います。 ならば、「憲法を守れ」とか言っている勢力は、右傾化勢力だったんですね。 > >失礼しました。 |
▼とうろうさん: >「帝(みかど)」と言う言葉は、私にとっては「帝国」の「帝」であって、天子様、天皇様と臣民(国民)みなが服従、尊崇していた時代の言葉の印象です。 天皇に国民が「服従・尊崇していた時代」とは、具体的にはいつのことですか。 少しく考えまして、「廃帝論」では、「現在皇位についている、天皇」を廃する、というだけのことで、「天皇制そのものを廃する」のではないため、とうろうさんの仰る「天皇制そのものを廃止すべき」という説とは違うのではないかと思い至りました。 「廃帝論」という言葉から、とうろうさんの「天皇が支配し、国民が服従する時代」というイメージをお聞きして、また、「帝」という言葉自体にどんなイメージを持っているかを知ることが出来て、思いがけなくも参考になりました。 >貴方にはこれと同じ感覚なのでしょうが、私には、何かセンセーショナルな、少し、時代錯誤的な言葉に聞こえます。 天皇に「服従していた」国民、というイメージは、近いところでは、戦前の日本人に対する侮蔑だと思います。戦争後に於いても、天皇制は日本国民に強く支持されました、占領下に於いても。とうろうさんのイメージの方が、国民感情、国民心理を全く無視したものです。 >貴方がそのように感じられるのは結構ですが、私は、とうろうの「廃帝論」などとは一言も申しておりませんので表現に関してはご留意ください。 廃帝論、という言葉では足りない、もっと別のものかと思うようになりました。 |
▼告天子さん: こんばんは。 問題は、 >・・、国民感情、国民心理 と憲法=法理との関係性ですね。 |
▼告天子さん: こんばんは。素早いレスは感謝いたしますが、順に追っていかないと議論の流れはおかしくなります。 私はこの発言で「とうろうの廃帝論」云々の発言はお控え下さいとだけ言ったつもりです。出来れば実体的意見は少しお待ちください。 なお、「質問、質問云々」については管理スタッフ掲示板にレス【1732】に書き込んでおりますのでご一覧下さい。 また、本件のご意見についても必ずコメント申し上げます。言葉の早さ、多さではなく、事実(史実)に立脚し、普遍化できる思索の上の思想、論が一般には受容されるべきものと私は考えていますので、失礼ながら、別に急ぐこともないとは考えています。 何度も申しますが、暫しお待ちを。宜しく。 |
この関係老人党だけあって深い実体験があるのでしょう たちまちTopicsも満杯になり且つ論議が分断されるのが一寸残念です 41281/41282のご意見は此れは神話です一部の皆さんの今でも大層な敬語まで使って敬愛するヒロヒトガ戦後に 神話にもとずき自分が神などと (神の絶対性も恐れず生き身の人間として)詐称したのは間違いと告白しました まだ教育チョクゴと同じく傲慢なチンおもうにナンジシンミンというような不快な口調ではありましたが... 神話は歴史とは認められておりません また憲法だ法律だと言う議論がありますがテンノーが元首であるという規定は一切ありません しかし今の恐ろしい復古基調に またこの本質的に民主主義と真っ向から違う存在を国民の支配者とする動きがあるので あえて何回も同じ議論を繰り返しているのです 稲作は雲南省あたりから弥生時代に東シナ海か朝鮮半島を辿ってもたらされたと言うのが定説です 今の神道ではテンノウが稲を刈って祭祀を司るのは 彼の家の私的なもよおしで神道の関与することではないとしています 戦争中は農林官僚が農本主義とか喚き内原に何とか訓練所があって山羊ひげのおじさんが狂った如く 農村のTeenagerを動員当時の満州に連れて行ってその内3分の1はなくなったか帰れなかったのです 190億円ですか彼らを税金で養うお金 病院まで持って 数年前小渕首相が重篤な脳梗塞発作を起こしたとき 医師やParamdicの一人も居らず秘書がStation Wagonを駆って病院まで連れて行きましたが救命できませんでした 一国の宰相 アメリカ大統領と同じく3軍の指揮官Commander in Chiefなのですよ 600字で幾つかのtopics groupをcoverするのは不可能で此れでも長くて申し訳ありませんが 告天子さんに 人を殺すのは泥棒稼業より遥かな悪でしょう そして論理的な貴方が本当にヘーセーはテンノーの世とお考えですか 外でも僕は具体的な史実や事実でどうお考えか聞いているのですがそのお返事が聞きたいのです 長居していたので帰国しますPC整理もありしばらくお休みです |
とにかく、 天皇の存在ならびに皇室という欺瞞装置は、 影に日向に権力の二重構造を支援するのがまずい。 責任の所在を不明瞭にしたまま組織が運営されると その組織は自浄能力を失う。 日本の政治は、 権力者への責任追求があいまいなままここまできてしまった。 それもこれも、 組織の長が庶民への規範を示してこなかったからであろう。 人間宣言? 馬鹿にするのもほどがある。 祖先の誇り、矜持、神国日本・・.etcなどと言葉だけは立派な寝言があったが、 それを守るなら天皇は死んでみせればよかったのである。 おかげで日本は二枚舌の三流国家と世界から揶揄されるに至った。 (国家など、もともとは欺瞞装置だが、それはまた別のお話) なんのことはない、 我々からそれを奪ったのは他ならぬ天皇ではないか。 それに気がつかぬ、 もしくは気がついても欺瞞をさらなる屁理屈という欺瞞で、 隠蔽しようとする国粋「趣味者」の頭はどうかしてるのだろう。 もしくは強力なマインドコントロールを受けているのか。 ・・・ マインドコントロールを受けた輩との直接の議論は無理だと思うし無意味だ。 ここのもの言わぬ閲覧者に語るだけにとどめておくほうが無難であろう。 げんに私はそうしている。 面影橋にて |
▼沈黙の初夏さん: >とにかく、 >天皇の存在ならびに皇室という欺瞞装置は、 >影に日向に権力の二重構造を支援するのがまずい。 天皇というとよくこうした「権力の二重構造」として批判する向きがありますが、むしろ正確には無責任だ、として責めておられるのかと思いますね。権力の分散化・多元化は、現代の潮流ですから、「二重構造ではなく、一極集中がよいのだ」とするならそれこそ独裁だし、また、権力を集中させ、重い責任と、強大な権限を共に持たせるのだ・・・、というのならば、これも別の主張になると思います。また、そういう選択が「最前の権力のあり方」、という訳でもないでしょう。 >責任の所在を不明瞭にしたまま組織が運営されると >その組織は自浄能力を失う。 この辺りは、一般論として適切だと思いますが、たとえば「戦争責任は、天皇にある」というような意見を聞く度に思うのは、「戦勝国の国家指導者や、あるいは世界の宗教指導者たちは、戦争についてどんな責任を取ったか」ということです。国民に対しても、敗戦国に対しても、どんな責任を負ったか、その辺り、一般的に戦争問題を考えるのか、とにかく「反日本」の文脈でのみ唱える「戦争の責任」なのか、混同があるように思うのです。 >日本の政治は、 >権力者への責任追求があいまいなままここまできてしまった。 これは、日本人が戦争について法的にどうこうする前に、東京裁判があったこと、また、占領という異常事態が続いたことも関係しているでしょう。検閲や、思想統制があったこともその理由と言えましょう。過去について正しく知るのではなく、「政治言論」が横行する段階で「責任を問う」のならば、それは別種の政治的暴力であると言えましょう。 |
▼沈黙の初夏さん: >それもこれも、 >組織の長が庶民への規範を示してこなかったからであろう。 > >人間宣言? >馬鹿にするのもほどがある。 > >祖先の誇り、矜持、神国日本・・.etcなどと言葉だけは立派な寝言があったが、 >それを守るなら天皇は死んでみせればよかったのである。 天皇は責任を取れ、天皇は死ね、ということかと思うのですが、これはもう、法の問題とは別種の、復讐感情であるとか、怨念の問題ではないかと私は考えます。そういう立場があることは認めますが、日本国が文明国であるためには、やはり「怨念を乗り越える」ということが必須ではないかと私は考えます。怨念は、果てしない暴力の連鎖を生み、結局は満たされることはありませんから・・・。 また、いわゆる「人間宣言」ですが、実際には戦前にも、天皇はGodの如き絶対者ではない、という詔勅が出ていたはずで、一般市民レベルと、国家中枢部の認識とは、「非常に違っていた」と思います。その辺りの現実を見ないで、「とにかく天皇が絶対化・神格化されていたのは事実だ」とするのは、感情としては分かりますが、その主張自体が絶対化されるのはおかしいでしょう。 >おかげで日本は二枚舌の三流国家と世界から揶揄されるに至った。 >(国家など、もともとは欺瞞装置だが、それはまた別のお話) この辺り、大抵の国では、敗戦ともなれば暴動が発生し、昨日までの王族、政治権力者を、暴徒が引きずりおろし吊し上げ、凄惨なリンチ・暴力が横行することも多いのかと思いますが、日本国民はそうはしなかった。「そうしなかった日本、日本国民」のことを、重厚で、道徳的な国である、大変立派である、と尊敬を受けたということもあると思います。 国家そのものが「欺瞞装置」であるのならば、社会とか国家というものを欺瞞とし、常に民衆と対立的な「悪」としてみる、という考え方かと思いますが、そういう見方が全てであるとは私は思えませんね。「天皇」というものがあることで、そういう欺瞞性から離れて、国家と国民の関係が健全性を持ちうるのではないかと思いますが。 とことん国家指導者に「責任を問え」みたいなことであれば、余程莫大な報酬でもなければ、誰も国家指導などしませんよ、恐ろしくて。一方的に国家に対して責任を要求する暴民と、強圧的な国家の対立、という図式そのものが、二元論的で、深く現実を掘り下げた見方というより、イデオロギー的図式でしょう。 >なんのことはない、 >我々からそれを奪ったのは他ならぬ天皇ではないか。 > >それに気がつかぬ、 >もしくは気がついても欺瞞をさらなる屁理屈という欺瞞で、 >隠蔽しようとする国粋「趣味者」の頭はどうかしてるのだろう。 >もしくは強力なマインドコントロールを受けているのか。 これは、対立する相手を「非国民」とか、徹底的に否定・疎外し、異端者として排除する「戦前の体質」の裏返しのような印象を強く持ちます。「政治的暴力」というのは、むしろ戦後に於いてより過酷で陰湿になったのではないかと、私は思っています。その割に、「戦前は暗黒の政治だった」みたいに語られることが、混乱に輪を掛けるのでしょう。 むしろ、思想の暴力、自由の抑圧は、現代の方が深刻ではないかと思いますね。単純に比較できることではありませんが・・・。 |
この書き込みは管理者によって削除されました。(05/1/26(水) 23:33) |
▼沈黙の初夏さん: >私の指摘どおり国粋趣味者が寝言を言い出したようである。 スレッドの話題とはもはや何の関係もない、侮蔑のための侮蔑に入られましたね。それはある程度予想はしていましたが、老人党管理者側からの注意が一切ないことにも、驚きを感じました。良識を疑います。 > >物理的に黒いものを白いと言いくるめるには、 >字数をさかねばならないし、 >もともと理屈にあわないものを説明する労苦は >なみたいていではあるまい。 あなたの発言が、理屈に合っていましたか。「告天子の発言は、理屈に合っていない」、その結論だけがあなたの意見ではハッキリしていますが、「どこがどう」については、全く理屈抜きですね。 > >だから、 >都合の悪い部分は黙秘をきめこみ、 >事実と矛盾する部分は瑣末な揚げ足とりで対抗するにきまっている。 >それは、 >短時間に行う連続投稿が物語っているように思う。 「どこがどう」事実と矛盾していますか?。事実と矛盾していると、あなたが「思いたい」だけではないのですか。 > >たとえば、 >「廃帝論」など誰も持ち出してない概念で詭弁をろうする姿は >滑稽を通り越して哀れですらある。 あなたの侮蔑感情は強く伝わってきますが、「詭弁だ」「滑稽だ」「哀れだ」と、他人を呪詛することが、人間らしいことだとは、私には思えません。 > >・・・ >前にも書いたが、 >彼ら頭のどうかしてる連中との直接の論争などなんの意味もあるまい。 彼ら?。私は私ですが。論争など何の意味もない、というのであれば、言論というものに対してあまりにも侮蔑的なのではないでしょうか。言葉を空しくし、他人を空しくし、自分だけが正しい、ということですか。 他人を「頭のどうかしている連中」として裁いて、その存在を葬り去る、切って捨てるということこそ、本来あるべき「民主主義」・・・というか、人間と人間との紐帯を、空しくするものなのではないのですか。 > >下のほうで何やら論争が続いているようだが、 >やがて詭弁のネタがつき、 >直接の論旨にではなく、投稿姿勢に対する物言いが始まるだろう。 > >さもなくば、 >論旨の拡張と拡大解釈で議論をぼやかし、 >あいまいなまま後味の悪い状況にもちこむのが >彼らの常套手段である。 > >この手の頭の不自由な輩は、その寿命がつきるしか治す術がない。 他人があなたに対して、同様の言葉を吐いたら、あなたはどう思われますか。話は聞く気などない、問答無用と、ピストルの引き金を引く。「精神的な殺人」というのは、保守の板でも、この場所でも、いろいろなところで私は見せてもらいましたよ。 そういう人たちが、「保守」だとか言って何を守るのか、民主主義だとか言って、その実何なのか、憲法が大事だとか言って、本当に憲法のことが分かっているのか、嘘でしょう、嘘を吐いて、自分が嘘を吐いたということにも気が付かないふりをしているだけなのでしょう。 人間の心は、暗闇です。 |
▼沈黙の初夏さん(41555): Ray@スタッフです。 この書き込みは、 >彼ら頭のどうかしてる連中 等の表現が掲示板のルール(投稿内容、転載、引用その他/ 字種、文字数の制限)のうち 1. 伏せ字、隠語の使用および掲示板を混乱させる恐れのある投稿は禁止 2. 差別、誹謗中傷、侮蔑、罵倒、脅迫または他者を傷つける恐れのある表現は禁止 に抵触するものと見なし、削除対象として スタッフ連絡板に移動しました。 以後、この書き込みへのレスを禁止します。 なお、この件に関するご意見は、私の書き込みへの 返信としてではなく、スタッフ連絡板にお書きください (総合掲示板に書かれたご意見には原則としてレスいたしません)。 よろしくお願いいたします。 |
▼告天子さん&みなさん:おはようございます 告天子さんは弊レスがスローで、また貴意見を一々確認するので、ご不快思っておられるようですがマイペースでやらせてください。なお、レスするしないは告天子さんのご自由です。以下先の貴レス【40484】に即して弊意見を述べます。 【40484】Re(3): 告天子 - 05/1/15(土) 0:03 - >>松本清張の小説「象徴の設計」に、山縣有朋?が天皇を明治国家、藩閥政治の安泰のために利用した?経緯が書かれているようです。 >それは利用はしたでしょうね。しかし、民権論者にしても、明治天皇の下に藩閥政治家と戦ったのです。 「民権論者」が藩閥政治家の専横(民権論者から見ての話ですが)を責めたことと明治天皇と何の関係があるのですか。意味不明です。 それとも「明治天皇」が「民権論者」を後押しされたとでも言われるのですか。常識的に考えて「体制側の頂点たる天皇」が、反体制の「民権論者」を助けられる理由など何もないと考えられますが。 >>天皇家はその実体権力を喪失して以降、歴代「政治権力」にその「権威」を利用され、天皇家もまたそれを甘受し、その権威を享受して来られたように思います。このことは、日本の歴史を顧みれば明らかではないかと思うものです。 >日本国の正統性は、天皇にあったと言うことです。 前にもお伺いしたと思いますが、告天子さんの考えられる「日本史」あるいは「日本国」の定義は何を具体的に考えておられますか。 日本国は歴史的経緯に伴って誕生し、その統治体制も社会、思想、文化も変遷して来、それに応じて天皇もその地位、役割を変えまた時々の日本人の受け止め方も変遷してきているのです。「日本国の正統性」とは何でしょうか。 何か特別の「日本国の正統性」などないと思いますし、日本国は日本憲法の下で統治されるだけと思いますが・・・。 歴史上時々にその統治体制の正統性はあったでしょう。江戸時代は、神君・徳川家康が幕府の正統性の象徴だったのではありませんか。鎌倉時代は源将軍家が正統(実際は北条執権家が実権を握っていましたが)だったのではありませんか。 北朝鮮が金日成一系の正当性を主張するように常に時の支配者層がその統治の「正統性あるいは正当性」を主張するものです。中国の四千年の歴史を見ても常に時の王朝は先の王朝の非を鳴らし、現王朝の正統性あるいは正当性を主張し、その王朝史を書き残すのです。都合の悪いことは無視して書かず、都合の良いことだけ、あるいは都合の良いように捏造し、書き残すのです。 歴史に学び、歴史を学ぶものの常識ではありませんか。「正義は常に勝者にあり」歴史は勝者によって書かれるのです。 これが正しい歴史認識と思うものです。従って、真の史実を掘り起こし真に何があったのかを究明することが真の歴史認識です。 明治新政府が、江戸幕藩文化を因循固陋とし、明治の文明開化を謳った為に多くの江戸文化が否定?され、戦後、江戸文化の先進性、人間性も大きく取り上げられているのは明らかなことだと思います。卑近な例でいえば、例えば、企業の社長が交代したときなど先代の子飼いがなれば、先代のポリシーを受け継ぎますが、反対派が実権を握れば、先代の業績に異を唱えることは良くあることです。 こんなことはいたるところに見られる現象では有りませんか。政党の党首が変わっても同じことです。 >>天皇家も、主権在民、民主国家の国民の一員として、基本的人権を享受できるよう、・・・日本の伝統を代表する「代表名家」として存在されることが、天皇家にとっても憲法理念の平等な適用と言う「法の下の平等基本的人権」を完全に実現する為にも、最善ではないかと愚考するものです。 >まさに「憲法栄えて国滅ぶ」かと思いました。 どうして国が滅ぶのですか。その理由、また、滅びにいたる道筋を詳しく説明して下さい。また、告天子さんの「基本的人権」、「法の下の平等」に関する解釈、意見をご説明ください。 (以下 その5(2)に続く) |
▼とうろうさん: > 【40484】Re(3): 告天子 - 05/1/15(土) 0:03 - > >>>松本清張の小説「象徴の設計」に、山縣有朋?が天皇を明治国家、藩閥政治の安泰のために利用した?経緯が書かれているようです。 > >>それは利用はしたでしょうね。しかし、民権論者にしても、明治天皇の下に藩閥政治家と戦ったのです。 > >「民権論者」が藩閥政治家の専横(民権論者から見ての話ですが)を責めたことと明治天皇と何の関係があるのですか。意味不明です。 意味不明ではなく、とうろうさんの知識不足です。民権論者が「天皇のいない日本」を作ろうとしていたのでもないし(そういう主張があれば、具体的に「それが日本の民権論全体の主張だった」とお示しください) >それとも「明治天皇」が「民権論者」を後押しされたとでも言われるのですか。常識的に考えて「体制側の頂点たる天皇」が、反体制の「民権論者」を助けられる理由など何もないと考えられますが。 帝国憲法発布は、明治天皇の名の下に発布されたものです。また、民権論者にしても、藩閥政治家に対しても、明治天皇が、とうろうさんの言うように「助ける」ことはあり得ませんので、ここもとうろうさんの憲法体制に対する知識不足だと思います。 >>日本国の正統性は、天皇にあったと言うことです。 > >前にもお伺いしたと思いますが、告天子さんの考えられる「日本史」あるいは「日本国」の定義は何を具体的に考えておられますか。 ある単語の定義を示せ、というのはとうろうさんの最近の常套論法になっていますが、文脈からご判断ください。告天子の発言が「事実から外れている」「定義上おかしい」のであれば、まず具体的にそれを示すべきであり、「分からないから教えて」にはお答えしかねます。 >日本国は歴史的経緯に伴って誕生し、その統治体制も社会、思想、文化も変遷して来、それに応じて天皇もその地位、役割を変えまた時々の日本人の受け止め方も変遷してきているのです。「日本国の正統性」とは何でしょうか。 日本統治の正統性です。時代・意識の変遷にかかわらず、「天皇抜き」の日本国としての正統性はなかったでしょう。あれば例示をお願いします。 >何か特別の「日本国の正統性」などないと思いますし、日本国は日本憲法の下で統治されるだけと思いますが・・・。 その日本国憲法の占領憲法としての違法性は、何度も指摘しましたし、その日本国憲法にしても、第一章に天皇規定があります。とうろうさんはそれらを全部無視して、ご自分の「主義主張」「政治主張」をされているだけです。 >歴史上時々にその統治体制の正統性はあったでしょう。江戸時代は、神君・徳川家康が幕府の正統性の象徴だったのではありませんか。鎌倉時代は源将軍家が正統(実際は北条執権家が実権を握っていましたが)だったのではありませんか。 征夷大将軍、の位を授けたのは誰ですか。また、西洋との国交を開く問題で、幕府がお伺いを立てたのは、誰ですか。とうろうさんは、私に定義がどうとか尋ねる以前に、最も基本的な問題を無視していますので、議論の体をなしていないと思います。 |
▼とうろうさん: > >北朝鮮が金日成一系の正当性を主張するように常に時の支配者層がその統治の「正統性あるいは正当性」を主張するものです。 とうろうさんも、「主権在民」とか、国民主権だとか、「支配者層」として、日本統治の正統性をご主張されていますね。支配者である国民として。日本国憲法がその正統性の証だ、と主張されていますよ、ずっと。 >中国の四千年の歴史を見ても常に時の王朝は先の王朝の非を鳴らし、現王朝の正統性あるいは正当性を主張し、その王朝史を書き残すのです。都合の悪いことは無視して書かず、都合の良いことだけ、あるいは都合の良いように捏造し、書き残すのです。 これは、今まで見た限り、とうろうさんのご主張にも当てはまる疑いが濃厚にあります。 > >歴史に学び、歴史を学ぶものの常識ではありませんか。「正義は常に勝者にあり」歴史は勝者によって書かれるのです。 したがって、この発言に信憑性はありません。 > >これが正しい歴史認識と思うものです。従って、真の史実を掘り起こし真に何があったのかを究明することが真の歴史認識です。 とうろうさんは「イデオロギー路線」を示しはしましたが、史実を正確に示したわけではないです。脈絡を無視した史実への誤解を示し、指摘されると「あなたの定義が誤りだ、私には分からない、教えてください」と繰り返しただけです。 > >明治新政府が、江戸幕藩文化を因循固陋とし、明治の文明開化を謳った為に多くの江戸文化が否定?され、戦後、江戸文化の先進性、人間性も大きく取り上げられているのは明らかなことだと思います。 そういう批判をすることを、明治政府は神経質に恐れて思想弾圧をしたり事実を曲げたりはしませんでした。その点、日本人の思想そのものを外国人が改造してしまおうとしたGHQの神道指令〜日本国憲法制定、その後の思想弾圧などの暴力性・違法性とは比べものになりません。 それとも、とうろうさんは全ての政治体制維新は一点の曇りなく、全く正しく先の体制の否定もせず、誰からも批判を受けない形でされねばならない、とでもお考えですか。 >卑近な例でいえば、例えば、企業の社長が交代したときなど先代の子飼いがなれば、先代のポリシーを受け継ぎますが、反対派が実権を握れば、先代の業績に異を唱えることは良くあることです。 ならば、明治政府が先の幕府の体制に否定的に望んだのは、無理もない話でしょう。それでも、日本国の正統性の根拠は天皇にある、という線は一貫していたのです。「一貫していない」というのであれば、それをお示しください。 > >こんなことはいたるところに見られる現象では有りませんか。政党の党首が変わっても同じことです。 一政党の党首と天皇は、法的位置づけが全然違いますよ。天皇は御代代わりはありますが、政党党首などが天皇になることは出来ません。 > >>>天皇家も、主権在民、民主国家の国民の一員として、基本的人権を享受できるよう、・・・日本の伝統を代表する「代表名家」として存在されることが、天皇家にとっても憲法理念の平等な適用と言う「法の下の平等基本的人権」を完全に実現する為にも、最善ではないかと愚考するものです。 > >>まさに「憲法栄えて国滅ぶ」かと思いました。 > >どうして国が滅ぶのですか。その理由、また、滅びにいたる道筋を詳しく説明して下さい。また、告天子さんの「基本的人権」、「法の下の平等」に関する解釈、意見をご説明ください。 とうろうさんは、「天皇制などなくしてしまえ」というのですから、それは過去との連続性を持った「日本国」の体制を壊してしまえ、という意味です。 なお、「何々の解釈を示せ」とか、そういう発言は具体的現実の事例と合わせた形で尋ねるのならまだ分かりますが、とうろうさんのされていることは、議論妨害の疑いがあります。 特定の単語を抜き出して、脈絡を無視して絶対化する傾向がとうろうさんにはありますね。天皇にしても、日本国憲法に規定されているのに、それをなくせと言ってみたり・・・。そして、なくす根拠をまさにその規定がされている日本国憲法に求めるなど、噴飯ものです。 |
(承前 その5(2)) >>若し、天皇家の財政に問題が生ずるとすれば、「天皇を深く敬愛する国民の方々」の善意で支えるべきであり、全国民の「税」で支える所以は無いようにも思うものです。 >やはり「ゼニカネ」の話だったようですね。 前にも言ったかと思いますが「ゼニカネ」の話ではありません。私には「基本的人権」を侵害されていると思える「天皇家」は、現憲法に規定される「日本国の統合の象徴」である為に「精神的に不自由されているように」見えるから、その拘束を離れられれば良い、その結果財政的に問題が生ずるようであれば、多くの天皇を尊崇される方がその精神的支柱としての天皇を財政的にも支えられれば良い、と言っているのです。 勿論、相対過半の国民が、「天皇を日本国の統合の象徴」として「頭に頂きたい」と言うのであれば、私は日本国民としてその総意に従い、私の微々たる税金の極く一部が天皇家の維持のために使われることに否やは申しません。 なお、私の「天皇制に関する意見」を「ゼニカネ」の話と受け止められる告天子さんのお考えの道筋が想像出来ません。 私の意見をよく理解されていないように感じました。 >>そして、また、私は「天皇」さんおよび「そのご一家」が、お気の毒でならないのです。早く、現「日本国憲法の桎梏」から解放され、日本国を代表する「名家」として、そして、「普通の人間のおひとり」としてお生きになれるように願ってやまないのです。 >日本国憲法が改正されて、その桎梏から日本が解放されることを願っています。 日本国憲法に日本国が拘束されるのは、近代法治国家として至極当然のことです。何の不思議もありません。 何故、解放される必要があるのでしょうか。 告天子さんは「天皇」が日本国憲法に拘束されていると言う意見ではなかったのですか。上の言を合わせて考えると、告天子さんは「日本国=天皇」とお考えのようですが、「天皇若しくは天皇精神(よく分かりませんが)」が「日本国」なのですか。逆にいえば日本国が天皇個人の意のままになることが望ましいと仰るのでしょうか。この理由を正しく説明できるのでしょうか。 告天子さんの理想とする「改正憲法」(それがなったとして)、その憲法では「天皇」はどのような位置、地位を占め、今の「象徴天皇制」はどのように変わり、如何なる「天皇制」になるのでしょうか。詳しくお考えを教えていただけませんか。 |
▼とうろうさん: >(承前 その5(2)) > >>>若し、天皇家の財政に問題が生ずるとすれば、「天皇を深く敬愛する国民の方々」の善意で支えるべきであり、全国民の「税」で支える所以は無いようにも思うものです。 > >>やはり「ゼニカネ」の話だったようですね。 > >前にも言ったかと思いますが「ゼニカネ」の話ではありません。 税を出す必要はない、というのはゼニカネの話ではないのですか?。それに見合う利益がないから、金は出さないのだ、ととうろうさんは主張されていましたよ。矛盾しています。 私には「基本的人権」を侵害されていると思える「天皇家」は、現憲法に規定される「日本国の統合の象徴」である為に「精神的に不自由されているように」見えるから、その拘束を離れられれば良い、その結果財政的に問題が生ずるようであれば、多くの天皇を尊崇される方がその精神的支柱としての天皇を財政的にも支えられれば良い、と言っているのです。 日本国憲法を無視していますね。天皇は国家的存在なのですから、「賛成する人だけお金を出せばよい」というのは、やはり「無法な主張」です。とうろうさんは国法を無視しています。 >勿論、相対過半の国民が、「天皇を日本国の統合の象徴」として「頭に頂きたい」と言うのであれば、私は日本国民としてその総意に従い、私の微々たる税金の極く一部が天皇家の維持のために使われることに否やは申しません。 「とうろうさんの税金」ではありません。国庫の税金です。それに、「憲法に国民統合の象徴、国民の総意」とあるのに、否やも何もあったものではありません。それ以前に、既に今まで「否」とどれだけ唱えてきましたか。 > >なお、私の「天皇制に関する意見」を「ゼニカネ」の話と受け止められる告天子さんのお考えの道筋が想像出来ません。 >私の意見をよく理解されていないように感じました。 内容を理解しているからこうして反論しているのでしょう。 >>日本国憲法が改正されて、その桎梏から日本が解放されることを願っています。 > >日本国憲法に日本国が拘束されるのは、近代法治国家として至極当然のことです。何の不思議もありません。 >何故、解放される必要があるのでしょうか。 解放を望み、改憲を望む声がやはりとうろうさんには聞こえていないようですね。憲法を金科玉条として、絶対化するのでなければ、「何故解放される必要があるのか」などという言葉は出てきません。こうした主張は、改憲規定(日本国憲法よりも緩やかなもの)もある明治憲法をことさらに「不磨の大典だから絶対的な」とする把握・認識のタイプと似ているように思います。法をあたかも「絶対の神典」と捉える考え方には、反対します。 >告天子さんは「天皇」が日本国憲法に拘束されていると言う意見ではなかったのですか。上の言を合わせて考えると、告天子さんは「日本国=天皇」とお考えのようですが、「天皇若しくは天皇精神(よく分かりませんが)」が「日本国」なのですか。逆にいえば日本国が天皇個人の意のままになることが望ましいと仰るのでしょうか。この理由を正しく説明できるのでしょうか。 日本国が天皇個人の意のままになることが望ましいと告天子が考えている??? どこをどうとれば、そういう話になるのか理解を絶していますが、天皇は独裁者とか絶対の神とかではないのですから、日本が個人の意のままになるのなど、そんな非現実的な話をされるとは、ちょっとその、何を読んでおられたのでしょうか・・・??? > >告天子さんの理想とする「改正憲法」(それがなったとして)、その憲法では「天皇」はどのような位置、地位を占め、今の「象徴天皇制」はどのように変わり、如何なる「天皇制」になるのでしょうか。詳しくお考えを教えていただけませんか。 国制としては、明治憲法体制を基本としたものがよいと思いますが、それ以前に教育を何とかしないといけないと思いますね。日本国憲法を絶対の神典とするようなドグマ教育が史実認識すら歪めるようでは、国民憲法というのは作りようがありませんから。 |
▼告天子さん&みなさん:おはようございます。 下の告天子さんのレス【40491】に即してその6(1)を書き込みます 【40491】Re(3):「天皇制」について 告天子 - 05/1/15(土) 0:48 - ▼とうろうさん: >全体に、とうろうさんのご意見は、理由はどうあれ「廃帝論」です。 「理由がどうあれ」とは奇怪な言葉です。意見については「理由・根拠」を示し、その理由・根拠に基づいた論旨が正当か、一般に是認されるかどうかが問題であって、「理由がどうあれ」では議論にも、意見交換にも何にもなりません。 先に一言申しましたが「廃帝論」などは、「天皇が実質的に国を統治していた昔の時代あるいは天皇の権威を国の統治に実質的に用いていた時代」の話です。はっきり知りませんが、明治憲法下でも「廃帝」など出来なかったのではありませんか。まして、現憲法下で「廃帝」など出来ないことは明々白々ではありませんか。 大時代的な「廃帝論」などと私には少し滑稽に聞こえます。何だか「不敬罪」などという言葉も聞こえてきそうな雰囲気を感じます。 また、私は「天皇の権威」が何故脈々と受け継がれて来たかを考えるとき、「位階制度」の維持(身分を朝廷から授けられる?位階で表す)こと(まぁ、家元制度のようなものと思えば良いのではと考えています)そして「実力」より学歴に代表される「資格」が重要で、何かといえば、証書、お墨付きを欲しがり、有りがたがる傾向を持っていると思います。 更には、「甘えの構造」と言われる日本人の「心性」にあると感じています。「甘えの構造」は、土井健郎氏の前に話題になった著作で、日本人の心性を解析したもので、「日本人は、自己を世間、他者との関係の中に位置付け、その関係性で自己を認識し、確認する」と言うことと理解しております。 常に他者との「相対関係」でしか「自己」を認識しない、絶対自己を持たないと言うことで、日本人は常に「(天皇を頂点とする)タテ社会構造(中根千枝氏:「タテ社会の力学」参照)の中にしか安住できない」心性の持ち主と感じています。 日本語の曖昧さ、日本人の法概念の曖昧さ(権利・義務意識の欠如)、まぁなぁ主義、うち(内)そと(外)意識(自集団意識;これは人類共通のようですが)・・・などなど、これらの因果関係は逆かも知れませんが、全て「甘えの構造」に起因するものと私は想像しております。 >人間として気の毒に思う、だから・・・、というような理由を付けても、結論は廃帝であり、そこに向かっての話でしょう。天皇がいることで、何の利益があるか、よく分からない、と。 「廃帝論」など現在の時代に通じない話であることは上に述べました。 >象徴、という言葉が表しているように、天皇という存在は、日本人と神道信仰に関係が深いでしょう。神道信仰抜きの天皇、ということは考えられません。 「象徴」は「日本国統合」のための「象徴」です。私には良く分からないことですが・・・。 告天子さんは「天皇制」は「国家神道」とは関係ない「天皇精神」だと言われていたのではありませんか。 ところで、「神道信仰抜きの天皇、ということは考えられません。」と言うことは「天皇精神」は「宗教」ですね。これこそ告天子さんの理想?とされる天皇は、明治政府でさえ、表面的には排除した宗教性を持ち、「政教分離の原則」に違反するのではありませんか。 また、神道抜きの天皇制が考えられないのであれば、天皇家が、「神道宗家」として国政から独立され、「天皇教とも言うべき宗教」を信仰される方々の寄付・浄財で自由にお暮らしになれば良いと思うのです。 私が「日本を代表する名家」と言ったのは、多くの方が言っておられる、天皇は、ある時期からの日本古来の土俗習俗と考えられる神道と稲作文化という連綿と続いた文化あるいは伝統を体現される一系であり、日本の代表名家と言う意味で言っております。 (その6(2)に続く) |
▼とうろうさん: >>全体に、とうろうさんのご意見は、理由はどうあれ「廃帝論」です。 > >「理由がどうあれ」とは奇怪な言葉です。意見については「理由・根拠」を示し、その理由・根拠に基づいた論旨が正当か、一般に是認されるかどうかが問題であって、「理由がどうあれ」では議論にも、意見交換にも何にもなりません。 今までとうろうさんの「廃帝論」への反対理由はいちいち付しております。少なくとも、とうろうさんのあげた理由は理由になっていなかったし、「とうろうさんの主張は、廃帝論である」ということです。 >「廃帝論」などは、「天皇が実質的に国を統治していた昔の時代あるいは天皇の権威を国の統治に実質的に用いていた時代」の話です。はっきり知りませんが、明治憲法下でも「廃帝」など出来なかったのではありませんか。まして、現憲法下で「廃帝」など出来ないことは明々白々ではありませんか。 その明治憲法下でも、日本国憲法下でも、理論的にあり得ない「天皇制廃止」をせよ、というのがとうろうさんのご意見だと理解していましたが、違うのですか? > >大時代的な「廃帝論」などと私には少し滑稽に聞こえます。何だか「不敬罪」などという言葉も聞こえてきそうな雰囲気を感じます。 とうろうさんの主張されていることは、廃帝論などという言葉では全く足りない、国家と天皇の結びつきを断ち切るべし、というものですから、不敬などという話ではなくて、憲法を廃棄せよ、とするも同然の主張です。 >常に他者との「相対関係」でしか「自己」を認識しない、絶対自己を持たないと言うことで、日本人は常に「(天皇を頂点とする)タテ社会構造(中根千枝氏:「タテ社会の力学」参照)の中にしか安住できない」心性の持ち主と感じています。 > >日本語の曖昧さ、日本人の法概念の曖昧さ(権利・義務意識の欠如)、まぁなぁ主義、うち(内)そと(外)意識(自集団意識;これは人類共通のようですが)・・・などなど、これらの因果関係は逆かも知れませんが、全て「甘えの構造」に起因するものと私は想像しております。 とうろうさんの一連の「無法の主張」は、日本国憲法を無視しているので、甘えがどうとかいう以前に、国法の無視なのですから、私はそういうのが近代日本の宿痾だと思っています。法思想レベルでの、自己喪失、そしてそれでいて、法を何か絶対のもののように考える傾向・・・。 外国から占領下に強制された憲法を自己のものであると思い込み、信じ込み、その原理を絶対の真理ででもあるかのように錯覚して、それを疑おうとしない、現在を絶対とし、過去を知ろうとせず、「時代錯誤」と無反省である・・・。そういう姿勢を、私は危ぶむものであります。 |
▼とうろうさん: >ところで、「神道信仰抜きの天皇、ということは考えられません。」と言うことは「天皇精神」は「宗教」ですね。これこそ告天子さんの理想?とされる天皇は、明治政府でさえ、表面的には排除した宗教性を持ち、「政教分離の原則」に違反するのではありませんか。 「政教分離」を、ドグマ的に強調するならば、およそ道徳教育は不可能になると思います。海外でも、公教育で聖書を一切教えてはならぬとか、そういうことはしておりませんし、とうろうさんの主張されることが「一切の宗教性が国家と関係することを許さない」というものなら、そういうのは判例とも異なるとうろうさんの「思想主張」であって、他人にそれを従わせる理由にはならないです。 >また、神道抜きの天皇制が考えられないのであれば、天皇家が、「神道宗家」として国政から独立され、「天皇教とも言うべき宗教」を信仰される方々の寄付・浄財で自由にお暮らしになれば良いと思うのです。 政教分離を、ドグマ的に解釈すると、そういう判断が出てくるのかと思いますが、そうだとすれば、日本国憲法が天皇規定といわゆる政教分離規定を双方規定すること自体がおかしい、という事実に遡るべきで、とうろうさんは、憲法のある部分の規定はドグマとして絶対化し、天皇条項など、ある部分の規定は無視して平気でいる。 >私が「日本を代表する名家」と言ったのは、多くの方が言っておられる、天皇は、ある時期からの日本古来の土俗習俗と考えられる神道と稲作文化という連綿と続いた文化あるいは伝統を体現される一系であり、日本の代表名家と言う意味で言っております。 それは違います。とうろうさんは、天皇と国家との結びつきを絶つべき、国家から切り離し、公金も支出させず、天皇を個人的に支持する愛好者からの寄進のみで生活せよ、とされていますので、「一私人になれ」という主張です。 |
(承前 その6(2)) たとえそれらに明治以降作られた面が多々あるにしても(かって天皇家の護教が「仏教」であったこと、明治政府により天皇家から仏教色、江戸幕藩体制の支配文化、護教、が一掃されたことは先に述べました)。 しかし、「日本民族・日本固有の文化」とは何か。現在の日本人には日本列島先住の縄文人(狩猟・採集文化一部には栽培もしていた)多分これと混血したと思われる渡来系の弥生人(稲作農耕文化)、更に後世渡来した朝鮮族、漢族あるいは南方系の民族など種種雑多の血が混じっています。琉球人、アイヌ人なども日本人です。 以上を勘案して、何をもって「日本民族」と言うのでしょうか。 稲作農耕文化が狩猟・採集文化を駆逐し、現日本の文化の基礎を形成したとは言え、例えば、漁労・採集文化も「海人(あま)の系統文化」としてまた狩猟文化ももう消えてしまった「またぎの文化」として連綿として伝わってきているのではないでしょうか。 律令体制(天皇の下での)が完成する前には、古くは九州の「熊襲族(薩摩隼人の先祖??)」、平安時代以降は東北には 「蝦夷族(アイヌ族も含まれる?)」また北海道には、東北アジア民族系の「オホーツク文化」が栄え、後にアイヌ文化に吸収されたとも言われます。現日本人はこれらの諸民族の混交、混血の上に成立しているのではありませんか。 また、日本固有の民族文化の基礎といわれる稲作文化については、日本語の起源の研究者として知られる大野晋氏(学習院大学名誉教授)によれば、日本語の起源は、南インドタミル語に由来するとされ稲作文化はこのタミル人が日本列島にもたらしたものだとし、稲作に関する日本の古語とタミル語古語との共通点を詳細に究明され、更にはタミル文化と日本古代文化(慕制・埋葬の方法、米文化あるいは音韻の調子;七五調など日本和歌とタミルの古代詩の音韻の調子など)の共通性を考証、証明されています。 まだ、学会では主流でないかも知れませんが私は説得力に富んだ説と思っていますし、最近も小説家丸谷才一氏が、日本語の起源についての大野説を信ずると新聞紙上で述べられていました。 稲作文化の起源については何方が述べておられたように、雲南から中国を経て渡来人がもたらしたものとの説が主流ですが、弥生時代の始まりが、最近の科学的年代測定法により従来よりかなり遡ると言われており、稲作技術・文化の起源についてもまだまだ研究が進むと思います。また、照葉樹林文化として東南アジアの文化との共通性も言われています。 このように日本語のルーツ、稲作文化など日本の古代文化のルーツを考えれば、大和時代の統治権を握った豪族の一つである天皇家が作成した「記紀神話」(天皇一族の征服の歴史、統治権獲得にいたる経緯の正統化、正当化)を持って人民の上に君臨した日本文化の伝統の体現者、日本文化の宗家などと言うことはどのような意義をもつのか疑問であります。そのような面をお持ちであること、律令体制以後の日本政治・社会・文化の中心であり、消長・盛衰があったにしても日本の権威として連綿として続いていることも否定できない事実ですが。 >しかし、神道理論とか教学というものは、・・・「神学」として完成されたものなのでしょうか。そういう面で、統一され完成されたものでもないでしょう。 神学、宗教の定義は詳しく知りません。が、先に書きましたように「「平田神道」は、本居宣長による記紀神話を「史実」として、これに基づいた「復古神道」を提唱し、更にこれに*カトリック神学(一神教)*を加味したのが「平田神道」(平田篤胤)」と言われ、この「平田神道」の信奉者で「尊皇攘夷」が叫ばれ、明治維新がなり、明治政府が建設され、「国家神道」を形作ったものと思っております。 「平田神道」の教義には全く不案内ですが、「宗教・神学」と考えております。いずれにしても「霊」などという存在を中心に於いているわけですから「宗教」であることは明白だと私は思います。 (その6(3)に続く) |
▼とうろうさん: >たとえそれらに明治以降作られた面が多々あるにしても(かって天皇家の護教が「仏教」であったこと、明治政府により天皇家から仏教色、江戸幕藩体制の支配文化、護教、が一掃されたことは先に述べました)。 > >しかし、「日本民族・日本固有の文化」とは何か。現在の日本人には日本列島先住の縄文人(狩猟・採集文化一部には栽培もしていた)多分これと混血したと思われる渡来系の弥生人(稲作農耕文化)、更に後世渡来した朝鮮族、漢族あるいは南方系の民族など種種雑多の血が混じっています。琉球人、アイヌ人なども日本人です。 > >以上を勘案して、何をもって「日本民族」と言うのでしょうか。 何を以て日本民族というか、というような漠然としたご質問には答えかねます。私は「日本民族がどう」ということは、一連のやりとりでは主張しておりませんし、とうろうさんご自身でお考えになることをお勧めします。 >律令体制(天皇の下での)が完成する前には、古くは九州の「熊襲族(薩摩隼人の先祖??)」、平安時代以降は東北には >「蝦夷族(アイヌ族も含まれる?)」また北海道には、東北アジア民族系の「オホーツク文化」が栄え、後にアイヌ文化に吸収されたとも言われます。現日本人はこれらの諸民族の混交、混血の上に成立しているのではありませんか。 私が何か誤った事実の主張をされているのだというのであれば、ご指摘願いますが、日本民族の「民族」を、生物学的な概念「種族」のように捉えるのは誤りだ、というご指摘を受けて、納得したことはあります。 >また、日本固有の民族文化の基礎といわれる稲作文化については、日本語の起源の研究者として知られる大野晋氏(学習院大学名誉教授)によれば、日本語の起源は、南インドタミル語に由来するとされ稲作文化はこのタミル人が日本列島にもたらしたものだとし、稲作に関する日本の古語とタミル語古語との共通点を詳細に究明され、更にはタミル文化と日本古代文化(慕制・埋葬の方法、米文化あるいは音韻の調子;七五調など日本和歌とタミルの古代詩の音韻の調子など)の共通性を考証、証明されています。 多様性、多くの複雑な顔を持った性格がある、ということですね。大野先生の本は、私も愛読しております。 >まだ、学会では主流でないかも知れませんが私は説得力に富んだ説と思っていますし、最近も小説家丸谷才一氏が、日本語の起源についての大野説を信ずると新聞紙上で述べられていました。 今後研究は更に進むでしょうが、そういう「研究」の話と、今までとうろうさんがされてきた主張とは関係がないように思います。 >このように日本語のルーツ、稲作文化など日本の古代文化のルーツを考えれば、大和時代の統治権を握った豪族の一つである天皇家が作成した「記紀神話」(天皇一族の征服の歴史、統治権獲得にいたる経緯の正統化、正当化)を持って人民の上に君臨した日本文化の伝統の体現者、日本文化の宗家などと言うことはどのような意義をもつのか疑問であります。 とうろうさんが疑問を持たれるのは任意ですが、皇室文化が日本文化の中心的役割を果たしてきたことは歴史的事実です。 >そのような面をお持ちであること、律令体制以後の日本政治・社会・文化の中心であり、消長・盛衰があったにしても日本の権威として連綿として続いていることも否定できない事実ですが。 そうでしょう。 >神学、宗教の定義は詳しく知りません。が、先に書きましたように「「平田神道」は、本居宣長による記紀神話を「史実」として、これに基づいた「復古神道」を提唱し、更にこれに*カトリック神学(一神教)*を加味したのが「平田神道」(平田篤胤)」と言われ、この「平田神道」の信奉者で「尊皇攘夷」が叫ばれ、明治維新がなり、明治政府が建設され、「国家神道」を形作ったものと思っております。 > >「平田神道」の教義には全く不案内ですが、「宗教・神学」と考えております。いずれにしても「霊」などという存在を中心に於いているわけですから「宗教」であることは明白だと私は思います。 平田神学が宗教だから、明治維新は否定されねばならない、などという主張でしたら、これはどうかと思います。 |
▼とうろう殿 はじめまして。 告天子殿との議論に横から入り込みお許しください。 同じく、告天子殿にもこの場にてお許しの程、申し上げます。 かねてより様様な貴殿の深慮なる意見、興味をもってご拝見させていただいております。 ただ、ここでの天皇論についてはところどころ意見の相違を感じました。 天皇については簡単には語れないものがありますし、私の知識ではまだまだ分からないことだらけですので、特に議論などご遠慮させていただきますが、こういう考え方もあるということで一部、以下に書かせていただきます。 >このように日本語のルーツ、稲作文化など日本の古代文化のルーツを考えれば、大和時代の統治権を握った豪族の一つである天皇家が作成した「記紀神話」(天皇一族の征服の歴史、統治権獲得にいたる経緯の正統化、正当化)を持って人民の上に君臨した日本文化の伝統の体現者、日本文化の宗家などと言うことはどのような意義をもつのか疑問であります。そのような面をお持ちであること、律令体制以後の日本政治・社会・文化の中心であり、消長・盛衰があったにしても日本の権威として連綿として続いていることも否定できない事実ですが。 現代の歴史学においての問題は神話と科学の対立である。 「神話を愛するものも、ある意味では智を愛するものである」と科学の最初の完成者であるアリストテレスは言った。 彼は科学をもって智としたが、荒唐無稽なる神話さえも、そのなかに幾分の科学的知識を含み得るとして神話を許容した。 近代の合理主義の立場は科学を正確にして唯一の根拠とする故に、神話を愛することは甚だ反科学的であるが、人情の表れ得ざるものとして、しばらくはこれを認めざるを得ない程度に受けとめている。 しかし、唯物的合理主義の共産主義科学時代が来たときは、かかる迷信的な神話性はことごとく割り切り捨て去らねばならぬと信じられた。 科学に対して神話の方はなにか時代おくれの原始復帰、野蛮時代への逆戻りとして信じている。 科学の本質としての特徴は、合理主義である。 目に見えるものを材料として1.これの分析の偏重と総合の回避、2.情緒的なるものの軽視、3.理性の過度の尊重。 科学は分析をこととする。 これは格物の反対である。 生命はもと〇であって、みずから格物的に生かされており、これも分析すると、その対象は分解死滅する。 自然科学的分析方法の前に屈しないあらゆる文化的存在をみとめなかったのが共産主義の失敗でありその崩壊へと繋がったのであった。 唯物史観にたつ敗戦後の日本の歴史家にいわせると、古事記は天皇の権力を強化する意図によって編纂されたものであり、それは一面において階級的に百姓農民の搾取がうらづけされているといった意味を匂わせて階級史観にたつ自分らの立場は常に正しいものと信じきっている。 そこで日本国家の成立とは、階級的搾取者(天皇)被搾取階級である農民の関係発生であり、結論は必ず権力者横暴におちつかせねば彼等の唯物史観がおさまらぬ。 つづく。 |
つづき。 唯物史観にたつ敗戦後の日本の歴史家にいわせると、古事記は天皇の権力を強化する意図によって編纂されたものであり、それは一面において階級的に百姓農民の搾取がうらづけされているといった意味を匂わせて階級史観にたつ自分らの立場は常に正しいものと信じきっている。 そこで日本国家の成立とは、階級的搾取者(天皇)被搾取階級である農民の関係発生であり、結論は必ず権力者横暴におちつかせねば彼等の唯物史観がおさまらぬ。 然るに、飛鳥時代の日本古代国家の成立とはタテとヨコのむすびとしての公共体の自覚的誕生といわねばならぬのである。 それは、史的唯物論に促われたかの想像するごときうらめしきものではなく、めでたきことであったのである。 めでたさ、ということが西洋史観にたつと全然といっていいほどわからなくなるらしい。 現象の世界は見えざるものによってささえられている。 幽顕一如というのが素直な東洋人の直観である。 然るに、唯物論は見えるものしか実存しないと決めこんでしまった。 そこで「対」をなす自然の本能が働いてこの一を二つにせねばおさまらず、この一を分裂することにより敵対の様相を呈するに至る。 これが「敵をつくる文明」となる。 テーゼ、アンチテーゼの闘争的弁証理論でもある。 一を分裂させ敵対するニではなく、ニは陰陽調和(むすび)の補足原理である。 むすぶものは二つのファクターであり、天地、水火、男女など色々なもので言える。 これが「和をなす文明」である。 生産は陰であり、それを外に向けて売り出す商道は陽である。 商道は生産者よりもはれやかになる。 政治的支配者も生産者に対してはあくまで陽の表に立つのである。 それを、生産者は陽の目のあたらぬ被支配的な損な役、屈従の立場にあってそれは人間的不平等であるというのは陰陽の自然調和の原理をまちがえた考え方である。 陰の生産のことを黙ってなしとげてくれるものに対していかに感謝し合掌したことであろうか。 日本語の「お陰様」という言葉など端的にかつ正確にそれを証明している。 労働は人生の心からなるよろこびである。 たのまれずともやらずにおられぬ社会への奉仕行である。 めでたきものなのである。 顕現の世界とこれをバックアップする見えざる神の世界とが一如となって現在が生かされている。 この生かしめている根元者こそが神である。 これを無視して歴史など語れるものではない。 また、人類は各民族として「はじめに言葉ありき」でその言葉がいつ発声されたのか、石斧や土器の発掘には録音されていない。 はじめに日本民族の言葉としてなりはじめたそのことを物語るのが古事記である。 いや、その古事記にもいつから日本語を使い始めたかも書いてはいないが、その言葉はまぎれもなく日本語である。 その事を取っても、この古事記をただただ架空の神話であるとするのもいささか乱暴であると思われる。 以上、失礼いたしました。 |
現代の石門心学であった。階級史観唯物史観がなんであろうが国家は作りものであってなりあまれるをなりたらざるところにふさぐといった行為者の意思がなくてはないものでござった。 西郷と大久保は天皇を玉と呼んだ。伊藤は玉座にひれ伏した。この違いが大切ではなかろうかではあるまいか。幽現一如なんぞは茶道タームならどうでもいいが21世紀に生きる老人にはどうかと思うよ。大日本帝国は破産し、日本国生まれた。もちろん米国によってね。 中学生教科書を読むべし。 |
▼風谷 米造さん: こんにちは。参考ご意見有難うございます。 私は「唯物史観」などは知りません。従って、それに基づいて意見を述べているつもりは全くありません。 ただ、科学的に、人間とは何ものか、人間社会はどのように発展して来たか、人間社会は如何にあるべきか・・・などと言う観点、まぁ言えば「人間史観」から自分が形成してきた意見を述べております。 私の歴史の捉え方(神道概括、大野晋説)、日本社会の捉え方(タテ社会の力学)、日本人の心性(甘えの構造)に関するコメントなどをお読みいただければ自ずと私の立場をお分かりいただけるかと思いますが・・・。 私が「唯物史観あるいは共産主義科学(この意味は知りませんが)」に囚われているようなことはありません。純粋に科学的合理主義から言っているつもりですので取敢えず一言だけ申し上げます。 なお、人間心理の研究も純粋科学的事項と思っております。 失礼致します。 |
(承前 その6(3)) >だから、明治時代にしても、そういう神道と天皇、というものをどのように国家の中に位置づけるか、大変な政治的・法的な知恵を働かせた上に、明治国家というものがあったわけでしょう、「国家神道」を責め立てるとき、本当は、人はもっと別のものを責めようとして、見当違いのものを責めているのだと僕は見ています。 「国家神道」は「天皇」を中心に据えたものであったことは歴史的事実であり、敗戦後、天皇が「人間宣言」を出されたことが明白な証左でしょう。別のものを責める余地など全くないと思います。 >明治維新後数年にして、国学者や神道家のグループは国家中枢からほとんど排除されています。明治の歴史は非常に複雑で、また、昭和史にしてもそうでしょう。 それはそうでしょう。私も詳細は全く知りませんが為政者間に権力争い、思想・信条・利害の違いによる離合集散は人の世の常です。複雑怪奇といわれる所以です。 >それにたいして、「民主主義」を絶対化・ドグマ化した上に立つ廃帝論は、あまりに単純に過ぎますし、国史を無視しすぎています。 失礼ですが、上の話が何故「民主主義」を絶対化・ドグマ化した上に立つ廃帝論が単純」であると言う話に結びつくのか私には全く理解できません。また、「民主主義」を絶対化した・ドグマ化したと言っておられますが、「民主主義」など現代法治国家の常識でしょう。「民主主義」に反し、例えば「帝国主義」を善しとする方が、現代日本人の中に多数過半居られるとは私には信じられないことです。 「廃帝論」が大時代的、矛盾的であることは上に述べました。「廃帝」とは時の天皇を廃して誰か皇統の中から別の方を立てることでしょう。私は現天皇を廃し、何方か代わりに天皇につけるなどと言っていますか。 また、国史(日本史?)については今までもお伺いしています。失礼ですが、「国史」などと一口に言われても、何のことかさっぱりその内容、言われんとされることが伝わってきません。 (その6)完 |
▼とうろうさん: >「国家神道」は「天皇」を中心に据えたものであったことは歴史的事実であり、敗戦後、天皇が「人間宣言」を出されたことが明白な証左でしょう。別のものを責める余地など全くないと思います。 国家神道は、単に「国家権力」の代名詞のように受容されているのではないかと思っています。国家神道に対して、史実や理論面を考究した上での判断ではなく、「とにかく悪い」というとき、「事実ではなく、攻撃対象はもっと別のもの」であるはずでしょう。つまり、批判としては的外れであるのに、敵意・反感は確かに存在しているのです。私はそうした敵意や反感が全く空しいものとは思いませんが、正しい認識に立脚したものとも思いません。 >>明治維新後数年にして、国学者や神道家のグループは国家中枢からほとんど排除されています。明治の歴史は非常に複雑で、また、昭和史にしてもそうでしょう。 > >それはそうでしょう。私も詳細は全く知りませんが為政者間に権力争い、思想・信条・利害の違いによる離合集散は人の世の常です。複雑怪奇といわれる所以です。 つまり、明治維新「後」になって神道宗教が明治国家を支配した、国民を国家神道で支配した、というのは、誤った理解なのです。 >>それにたいして、「民主主義」を絶対化・ドグマ化した上に立つ廃帝論は、あまりに単純に過ぎますし、国史を無視しすぎています。 > >失礼ですが、上の話が何故「民主主義」を絶対化・ドグマ化した上に立つ廃帝論が単純」であると言う話に結びつくのか私には全く理解できません。 日本国憲法にも規定されている、国家的存在であり天皇を、やはり憲法に規定されている基本的人権などの概念を根拠として、その存在を否定するからです。 >また、「民主主義」を絶対化した・ドグマ化したと言っておられますが、「民主主義」など現代法治国家の常識でしょう。 民主、というのは教権とか王権と国民が鋭く対立した西洋史における「主権論」の伝統から生まれたものであり、そういう文脈を無視した「民主主義一般」というのは、実は信じられているほど普遍的だとか一般的真理だとかいう話ではありません。現に、大日本帝国憲法では「主権」という言葉は出ていませんし、それは「西洋諸国の常識」ではあっても、真に日本に合致した考え方であるのか、考察すべき余地が多分にある、というのが常識的見解かと思います。戦前派だから、民権論、とは申しましたが、民主主義、というのは言葉として該当しないわけです。現在流通している主義・思想だから、信じて当たり前だ、という考え方には、賛成しかねます。 また、帝国、という言葉に対しても、統治権が天皇にあるからそういう表現になるわけで、「統治権がある」ということと、「主権が天皇にある(国民はその奴隷である、といった理解)」などは、厳しく区別されるべきです。 >「民主主義」に反し、例えば「帝国主義」を善しとする方が、現代日本人の中に多数過半居られるとは私には信じられないことです。 このように、民主主義と帝国主義を対置させるところに、既に問題があります。デモクラシー、の訳語の混乱もあるのかと思いますが。 >「廃帝」とは時の天皇を廃して誰か皇統の中から別の方を立てることでしょう。私は現天皇を廃し、何方か代わりに天皇につけるなどと言っていますか。 「天皇制」そのものが必要ない、とされているので、「廃帝論」では理解が不足していたと思っています。 >また、国史(日本史?)については今までもお伺いしています。失礼ですが、「国史」などと一口に言われても、何のことかさっぱりその内容、言われんとされることが伝わってきません。 私は、具体的にこれこれの事実を、ということで論じておりますので、史実に反する、という意味でそういう語は使っております。「史実に反する」「国史に反する」というと、その対象となった具体的事実については答えようとせず、「国史とは何ですか」ととうろうさんは逆質問されるわけです。 |
さて、私が尋ねたことも随分いろいろとあったのですが、再提出させていただきたいと思います。 投稿40617 >>貴方にお勧めします。出来れば下記の書き物を読んでください。「昭和天皇」の名のもとに先の大戦が如何に戦われたか、前線の兵隊達が如何に悲惨な戦いを戦わされあるいは戦い、死んでいったかがある程度分かると思います。 >あげられた本は何冊か読んだことがあります。如何に戦争が悲惨であるか、はよく分かると思いますよ。ならばとうろうさんにお尋ねしますが、日本はどうすればよかったのですか。また、日本をそういう戦争に叩き込んだ敵どもについては、どうお考えですか。 また、そういう「敵」が作った憲法、ということについてはどう思われますか。 |
▼告天子さん: 確認有難うございます。 よくチェックいただくと分かると思いますが、私の最初の「天皇制に対する意見」に対する告天子さんのレス(一次レスと私は称しておりますが)について順次レスを差し上げています。 下記の貴レスは、上の第一次レスに対する私の(序)と題した意見に対するレス(二次レスとしてして整理し、テークノートしております)であったと思います。 一次レスに対するコメントが全て終わりましたら、続いてレス致します。 何度も言いますが暫し気長に構えて頂けませんか。答えられない、あるいは無視しているわけではありません。 宜しくお願いいたします。 |
▼とうろうさん: >▼告天子さん: > >確認有難うございます。 > >よくチェックいただくと分かると思いますが、私の最初の「天皇制に対する意見」に対する告天子さんのレス(一次レスと私は称しておりますが)について順次レスを差し上げています。 > >下記の貴レスは、上の第一次レスに対する私の(序)と題した意見に対するレス(二次レスとしてして整理し、テークノートしております)であったと思います。 > >一次レスに対するコメントが全て終わりましたら、続いてレス致します。 > >何度も言いますが暫し気長に構えて頂けませんか。答えられない、あるいは無視しているわけではありません。 > >宜しくお願いいたします。 それでは、「廃帝論」について最初に告天子が発言したのは40980であるのに、投稿40617の質問についてより先に「廃帝論」の語が問題になるのはどうしたわけですか。 |
▼告天子さん: こんにちは。 事のついでに、「廃帝」論などと、先にも説明いたしましたが、私にとってはアナクロニズム的おどろおどろしい表現が奇異に思ったから言ったまでです。 これを「ついでに」先に少し言ったことがそんなに不都合なことでしょうか。 こと(本意見交換;私には私の意見展開に過ぎないように見えますが)の本質にかかわる事で「疑問を深めなければならないこと」とは全く理解できません。 いずれにしてもそのように感じられることは告天子さんの感性ですから、私がとかく言うことではありませんが、私は不思議に思う、ということだけお伝えいたします。 いずれにしても余り建設的でない(と私が思う)コメントは少し迷惑に感じています。 失礼しました。 >▼とうろうさん: >>▼告天子さん: >> >>確認有難うございます。 >> >>よくチェックいただくと分かると思いますが、私の最初の「天皇制に対する意見」に対する告天子さんのレス(一次レスと私は称しておりますが)について順次レスを差し上げています。 >> >>下記の貴レスは、上の第一次レスに対する私の(序)と題した意見に対するレス(二次レスとしてして整理し、テークノートしております)であったと思います。 >> >>一次レスに対するコメントが全て終わりましたら、続いてレス致します。 >> >>何度も言いますが暫し気長に構えて頂けませんか。答えられない、あるいは無視しているわけではありません。 >> >>宜しくお願いいたします。 > > >それでは、「廃帝論」について最初に告天子が発言したのは40980であるのに、投稿40617の質問についてより先に「廃帝論」の語が問題になるのはどうしたわけですか。 |
▼とうろうさん: >事のついでに、「廃帝」論などと、先にも説明いたしましたが、私にとってはアナクロニズム的おどろおどろしい表現が奇異に思ったから言ったまでです。 > >これを「ついでに」先に少し言ったことがそんなに不都合なことでしょうか。 不都合かどうか、ではなく、とうろうさんのご説明とは違うではないか、と尋ねたのですが。順を追って話さないと論がおかしくなる、と言われたのはとうろうさんですよ。逆に「不都合なのか」と私に尋ねるのは筋違いです。 >こと(本意見交換;私には私の意見展開に過ぎないように見えますが)の本質にかかわる事で「疑問を深めなければならないこと」とは全く理解できません。 とうろうさんの議論に対する姿勢に対して、疑問が深まった、と書いているのです。また、議論ではなく、自分の意見展開をしているに過ぎないのであれば、何故私に一文一文コメントを付けてくれないかと頼んだのですか? >いずれにしてもそのように感じられることは告天子さんの感性ですから、私がとかく言うことではありませんが、私は不思議に思う、ということだけお伝えいたします。 とうろうさんご自身の説明に反したことを、とうろうさんが為されているのですから、それを「おかしいではないか」と尋ねることは不思議でも何でもありません。 >いずれにしても余り建設的でない(と私が思う)コメントは少し迷惑に感じています。 こういうときに、「あなたの思う建設的とは何ですか。具体的に説明してください」などと質問で返すとしたら、その方がおかしいと思うし、第一「自己展開に過ぎない」のであれば、問う必要すらないでしょう。 大体に、アナクロニズムだとか言いますが、「帝」という単語にとうろうさんがどんな印象を持たれているかはご自由ですが、廃帝(論)、という言葉自体は現代語として国語辞典にも載っている言葉ですよ。手持ちの辞典では、廃帝とは、「強制的に位を追われた、皇帝、天皇」、とあります。 とうろうさんの説は、どうも天皇を崇めること自体が、前時代的で非科学的で時代錯誤のアナクロニズムであって、こうした制度に公金を使う意義も分からない。制度的に現在の地位にあることは適切ではないから、一名家にするべきだ、という説なのですから、廃帝論であると思います。 「そうではない」という根拠として、「現代は帝国主義ではない」云々とあげておられましたが、「帝」という字はそれで「ミカド」とか「キミ」とも読みますので、「天皇は帝ではない」というお話もやはり一面的な、無理のある話で、説得力はないと思いますね。 > >失礼しました。 |
▼告天子さん: こんばんは。 本レスの貴コメントはテイクノートしました。 いずれまたの機会に、コメントします。 ここはこれで失礼します。 |
国家の組織形態・統治形態としての君主制を認めると言う事は、「人間は生れながらにして、その身分には上下がある。」と言う事を肯定する事になり、その事は取りも直さず、人種の差別、身分の差別、職業の貴賎、等の非人道的な差別概念を生み出す制度を容認する事になる。「人の上に人なく、人の下に人なし。」とする民主政治の平等主義は、本来君主制とはなじまないものである事を、吾人は認識する必要がある。 例えば、米国の白人優越主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)の活動に見られるように、一部の白色人種の心の中に、今日でも強く根付いている有色人種に対する差別概念を払拭する為には、英国や日本等に前時代的な残滓として未だに現存する君主制を地球上から廃絶させる必要がある。 そもそも特定の家系に連なる人間を、ただその血筋ゆえに生まれながらに尊いと考えるような不合理を押し通す体制のもとでは、逆に特定の血縁集団に属する人間がその血筋ゆえに無条件に卑しいものとして差別され排除される結果になるのも当然の理である。日本に於ける同和問題の抜本的な解決も、君主制の廃止無くしては有り得ないと言う事である。叙勲における官尊民卑の等級差別や等級による人格差別、実力主義を阻む権威主義、等何れも亦然り。 更に、神道の祭主である天皇を日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると定めた憲法の規定そのものが、政教分離の原則に反するものと言わざるを得ない。君主制は、日本における民主主義の成熟を阻害する要因であることに日本国民は覚醒するべきである。 誤解を招かない様に付言すると、以上の論述は、天皇と政治との分離の必要性を述べたものである。つまり、国民主権主義を謳った日本国憲法1条の立法趣旨に基づいて、国家の組織形態・統治形態を捉えて見た場合における、君主制(象徴天皇制)の否定であって、天皇並びに天皇家の否定ではない。吾人は日本国民として、条理上「君主制に基づく自由権侵害の桎梏から解放された天皇・皇族の人格、並びに文化としての天皇家の存在」を尊重すべきである事は、論を俟たない。 なお、女性の天皇や、天皇の自発的な退位を認める皇室典範改正の動きが見られるが、近代的民主主義思想の根底たる、自由及び幸福追求権をも含む個人人格尊厳の理念からも、人道的な見地からも、進歩的な思想の台頭であると評価出来る。「退位の自由・天皇制の廃止」をも含んだ進歩的な皇室論議が展開されることが期待される所以である。 ここに、天皇・皇族を生涯に亘って、制約で雁字搦めの囲いの中に閉じ込めて自由を剥奪する事は、21世紀の今日に於いては正に人権(自由権)侵害そのものである。天皇・皇族の人権を守る為には、憲法を改正して、天皇・皇族に係る第一章の規定を全て削除する。天皇を政治から完全に縁を切って、宗教法人である神道(靖国神社)の祭主とすれば、慰霊は万全のものとなり、天皇・皇族の人権も保障される。総理が敢えて参拝する必要もなくなり、政教分離の原則も確立する。 即ち、憲法を改正して天皇・皇族に関する規定を外して、天皇・皇族と政治とを完全に分離する。天皇・皇族は文化的存在として残る。如かして、天皇家は国家予算(宮内庁関係予算約190億円)に依るのではなくて、宗教法人あるいは財団法人として、天皇家を支えたい人達が支えるのも一つの方策ではないかと思料される。 更には、菊の紋章をブランドにした株式会社を設立して市場に参入する方策も考えられる。ブランドイメージに基づく会社の発展が約束される事は必定である。勿論、天皇及び皇族の意思が最大限に尊重されるべきであることは当然である。例示として、天皇・皇族が菊の紋章の清酒・製菓会社を設立して、代表取締役・取締役若しくは大株主になれば、信奉者の協力で事業は安定して、東証一部上場は間違いない。日本国民としての天皇・皇族の生活は経済的にも極めて安定したものとなり、21世紀の人類にとって一番大事な「自由」を満喫できる。彼等も人間としての最高の幸福感を味わうことが出来る。 因みに、現在の日本の国家組織形態は、象徴天皇制という独特の機構も認められているから、立憲君主制と議会共和制の妥協形態と捉えるのが妥当である。 http://www2u.biglobe.ne.jp/~matuoka/ |
全体的にぬるいとは思うが実践的解決手段のひとつとして肯定する。 なにしろ 最後の責任者である昭和天皇は、もうこの世にはいない。 人間が人間に無限責任をとらせるのは物理的に不可能だし、 死人なら、なおさらである。 >天皇家を支えたい人達が支えるのも一つの方策ではないかと思料される。 これに少しの修飾を加えるべきだ。 あんなものを支えたい頭のどうかしている人達には (民主主義を肯定するならやめろとは言えないから) 静かにやってもらいたいものである。 間違っても右翼街宣車のような 近所迷惑となるフルヴォリュームによる騒音は謹んでいただきたい。 さしずめ掲示板上では、 吟味、推敲不充分な短時間の連続投稿がこれに該当しよう。 面影橋にて |
▼告天子さん&みなさん:こんにちは。 以下、告天子さんのレス【40523】に即して弊意見を書きます。 【40523】Re(2):「天皇制」について(2) 告天子 - 05/1/15(土) 12:38 - ▼とうろうさん: >後半の方、さすがに眠くなって意見が甘くなったので、追加します。 >総じて、とうろうさんのご意見は、「天皇」は虚構に基づいており、また、存在することで国民に対して利益をもたらさない。したがって、公金を出すのは不可であり、国家から排除すべきである、という論かと思います。 どのようにしてこのようなご理解になるのか全く分かりません。 先にも何度か繰り返し言ったかと思いますが、現在の憲法下で「天皇は日本国の象徴で、日本国民統合の象徴」と位置付けられ、形式的な「国事行為」(日本国の象徴としての行為?)をなされ、公務(国民統合の象徴としての公務?)をされていますが、若し、「象徴」としての地位を離れられると、また、憲法の天皇規定を省くとどのような問題が生ずるのか、という観点から意見を述べているのです。 むしろ、憲法に拘束され、不自由な「象徴」としての地位を離れられても「日本国の国政」には何ら影響は無く(天皇は国政に関与されないのですから)むしろ「日本国の象徴、あるいは日本国民の統合の象徴として、日本を代表する名家として、独立して、自由に活動される」方が良いのではないか、と言っているのです。 それでこそ天皇家の「基本的人権」も保障され、「法の下の平等」も確保されると言うものです。 憲法の規定にあろうが、無かろうが、多くの国民は「天皇家」を当然に「日本国の象徴」として遇し、敬愛するのではないか、逆に、そうでなければ、「天皇の象徴の地位」の意義は、現憲法で守られているからこそと言うことになり、憲法に言う「主権を有する国民の総意に基づいて」と言うことが嘘になります。 また、私はその国民の総意の一人ではない、と言っているだけです。「国に象徴を推戴する理由、根拠、利益」を感じないからです。だから、天皇を象徴として重んぜられる方にその理由、根拠、利益の説明をお尋ねしているのです。それが、納得できるものであれば私も総意の一人に喜んで加わりたいと思うものです。 私は「憲法」に規定されているからと言って「天皇の象徴としての地位」が絶対とは思いません。先の某氏との「憲法観」において語られたように「憲法は国政・国民の統治の為のツール」に過ぎず、主権を有する国民の相対多数の意思で変えられるべきものと思っているからです。 仮に、告天子さんのお考えを想像して言えば、「天皇を元首とし、天皇精神を国家の統治の精神として天皇に国政を委ねる」と言うことにしたければ、現憲法に規定される「思想、信条、信仰の自由」の規定を無くさないと、このことが広く国民には浸透しないと考えます。 また、「天皇精神の教育あるいは戦前の皇国教育」をしたければ、教育システムも変えねばならないし、戦前のように「反天皇思想」を、特高あるいは憲兵隊のような「弾圧機構」を用いて、圧殺しなければ、この現在の開かれた情報化ネット社会で一つの思想に国民を染め上げるようなことは、どう考えても実質的に不可能だと考えます。 >とうろうさんの説は、日本国憲法の第一章に反した意見です。天皇は、憲法にも記された公的存在であり、したがって、皇室財政は公費によりまかなわれるのは正当です。 当然のことです。現在直ちに公費を止めよと私がどこで言っているのでしょうか。憲法に規定される「象徴の地位」に、私は、上に述べたように意義を感じないから、それが仮に国民の総意とすれば「象徴として税で支える意義」も無いと言っているだけです。 (その7(2)に続く) |
▼とうろうさん: >若し、「象徴」としての地位を離れられると、また、憲法の天皇規定を省くとどのような問題が生ずるのか、という観点から意見を述べているのです。 つまり、架空の話、「もしも何々だったら」、の話だということですね。 >むしろ、憲法に拘束され、不自由な「象徴」としての地位を離れられても「日本国の国政」には何ら影響は無く(天皇は国政に関与されないのですから)むしろ「日本国の象徴、あるいは日本国民の統合の象徴として、日本を代表する名家として、独立して、自由に活動される」方が良いのではないか、と言っているのです。 架空の話を他人に納得させるのですから、とうろうさんの側で「天皇が今の地位にない方が、明らかに国益である」ことを示さねばなりません。とうろうさんは逆に、「何故利益になるのか分からない、教えてください」とされているわけです。 >それでこそ天皇家の「基本的人権」も保障され、「法の下の平等」も確保されると言うものです。 基本的人権が抑圧されている、と皇族方から訴えでもあったのでしょうか。ないでしょう。それがないのに、逆に「基本的人権が、保証されねばならない」と、他に介入し、その在り方も変えた方がよいとされるとうろうさんの意見の方が、基本的人権を楯に他の自由と尊厳を侵すものです。 >憲法の規定にあろうが、無かろうが、多くの国民は「天皇家」を当然に「日本国の象徴」として遇し、敬愛するのではないか、 憲法に規定があるのとないのとでは、大違いです。この辺りが、とうろうさんの法に対する軽視の姿勢と、人心に対する無理解を感じさせるところです。 天皇の法的地位が国民にとって害悪であれば、広範な反皇室運動があって然るべきです。しかし、それもないでしょう。現在の地位が広く承認されているからであり、「地位から外しても、敬愛を受けるだろう(だから外すべきだ)」とは、単純に無礼なだけです。 >逆に、そうでなければ、「天皇の象徴の地位」の意義は、現憲法で守られているからこそと言うことになり、憲法に言う「主権を有する国民の総意に基づいて」と言うことが嘘になります。 この辺りは、条文の読みに対する無理解が伺えます。憲法に記されているということは、一時の政治動向に左右されない、国の大方針ということなのです。国民主権の日本国憲法に於いて「国民の総意により、天皇の地位がある」と定めているのですから、国憲を重んずるなら、主権者たる国民の総意に基づく天皇の地位も尊重するのは自然な道理です。 「国民の総意」を、「国民の一人である僕も合意したわけではないから、総意とは言えない」、というように受け取るなら、「総意」ということがそもそも成立し得ないでしょう? >また、私はその国民の総意の一人ではない、と言っているだけです。 なので、こういう言説が出てくることが、条文をきちんと理解して話されているのか、疑問に思うところなのです。 |
>「国に象徴を推戴する理由、根拠、利益」を感じないからです。 それは、とうろうさんが感じないのはご勝手ですが、「自分が感じられるように説明せよ」と要求されても、困りますね。あなたが納得しようがしまいが、日本国憲法には天皇の地位は記されているわけですから。 >だから、天皇を象徴として重んぜられる方にその理由、根拠、利益の説明をお尋ねしているのです。それが、納得できるものであれば私も総意の一人に喜んで加わりたいと思うものです。 「総意の一人に喜んで加わる」というのは、意味をなさないし、とうろうさんが日本国憲法に反対する意見をお持ちであることは、そちらのご自由です。喜んで加わる必要など、ありませんよ? >>とうろうさんの説は、日本国憲法の第一章に反した意見です。天皇は、憲法にも記された公的存在であり、したがって、皇室財政は公費によりまかなわれるのは正当です。 >当然のことです。現在直ちに公費を止めよと私がどこで言っているのでしょうか。憲法に規定される「象徴の地位」に、私は、上に述べたように意義を感じないから、それが仮に国民の総意とすれば「象徴として税で支える意義」も無いと言っているだけです。 「意義を感じない」のはとうろうさんがそう言っているだけで、国民の総意により天皇の地位はあるのだと憲法には書いてありますよ。「仮に国民の総意とすれば」ではなく、国民の総意、なんですよ。「仮に」は、とうろうさんのご意見の方でしょう。ご自分で仰っているじゃないですか、以下のように。 >若し、「象徴」としての地位を離れられると、また、憲法の天皇規定を省くとどのような問題が生ずるのか、という観点から意見を述べているのです。 |
(承前 その7(2)) >「公費を支出するな」は、法理に全く反しています。「役に立っていないから、公金も出すな」といった主張が通るなら、これは無法ということです。 上に言ったようにそんなことは申しておりません。弊意を正しく理解して頂きたいと思います。 私の個人の意見として「象徴としての意義を感じない」だから「税で支える必要はないと思う」と言っているので、仮に、この私の意見に相対多数の国民が賛成されるなら、憲法改正の上そうなるでしょうし、反対の方が相対多数であるなら今のままになるでしょうし、私はその国民の決定に従うとは先に書いております。 こんなことは民主主義の常識ではありませんか。どうして上のような短絡的な?コメントがでるのか私の理解を超えています。 >>天皇家も、主権在民、民主国家の国民の一員として、基本的人権を享受できるよう、現憲法でその人権を拘束される「日本国象徴」でなく、憲法の制約から解き放たれた、日本文化の伝統を象徴され、日本の伝統を代表する「代表名家」として存在されることが、天皇家にとっても憲法理念の平等な適用と言う「法の下の平等基本的人権」を完全に実現する為にも、最善ではないかと愚考するものです。 >これは、憲法を改正せよ、という意見を含んでの話ですが、平等思想の絶対化、とでも言うべきイデオロギー的な性格の強い意見で、そういうドグマが根底にある説には賛成しかねます。 平等思想の絶対化がイデオロギー的な性格の強い意見とは驚きました。私には逆に「天皇神格化」に近いような意見が「イデオロギー的な性格の強い意見で、そういうドグマが根底にある説」と感じます。 貴方が私の意見に賛成でないのは分かっておりますが、賛成でない根拠の説明が、このような抽象的で言葉だけが踊っているようでは失礼ですが私の意見を変えるには至りません。 「平等思想の絶対化」などしなくても「法の下の平等」「基本的人権」は広く世界に認められた現代社会の「絶対原則」と私は考えています。 >>若し、天皇家の財政に問題が生ずるとすれば、「天皇を深く敬愛する国民の方々」の善意で支えるべきであり、全国民の「税」で支える所以は無いようにも思うものです。 >皇室が公的存在である以上、公金の支出の「理由はない」という主張は、無法を示唆しています。こういう誤解は、天皇の存在を「国民の総意に基づく」と歴史を無視した、誤解しやすい規定を日本国憲法がしているからで、また、国民主権ということと天皇の存在を理論づける上で、憲法が矛盾を内包しているためでしょう。 「無法」云々は上で説明しました。「国民の総意に基づく」と言うのは「歴史」で、「GHQ史観で押し付けられた憲法」と言うのも「歴史」ですか。何だか「歴史」のつまみ食いのような気がしてきました。 「憲法が矛盾を内包している」と思うから私は意見を言っているのですが、貴方の「矛盾」とは違うようですね。貴方の言われる「矛盾」とは具体的どのようなものでしょうか。教えてください。 >また、とうろうさんは「公金」、すなわち「公」について根本的に誤解しているように思います。皇室を、「一文化人」に過ぎず、日本の中で特別な地位を持つものではない一家、としてしか「見ない」、という視点がまず日本史を無視しています。 「公金」云々については上に説明しました。貴方の方が何だか「ゼニカネ」に拘っているように思えてきました。 皇室の地位の変遷については先に説明しております。私の視点がおかしいのであれば、貴方のご存知の日本史で「天皇が特別である」と言う説明を、私が納得できるように、して頂けないでしょうか。 但し、口幅ったいようですが、私は、宇宙に人間が飛び出す21世紀に住む現代日本人であり、日本歴史もある程度分かり、一応科学的な常識もあり、「人とは何か」現代科学が証明していることも多少は分かり、人間社会の政治・経済・社会・文化のありようも少しは見聞していると言うことを前提に分かるようにご説明願います。 奈良時代、平安時代あるいは近く明治時代の人間ではないことをご考慮のうえお願いいたします。 (その7(3)に続く) |
▼とうろうさん: >私の個人の意見として「象徴としての意義を感じない」だから「税で支える必要はないと思う」と言っているので、仮に、この私の意見に相対多数の国民が賛成されるなら、憲法改正の上そうなるでしょうし、反対の方が相対多数であるなら今のままになるでしょうし、私はその国民の決定に従うとは先に書いております。 全部「仮」の話でしょう。現在の憲法体制下では、とうろうさんの意見はやはり無法なものです。自分は意義を認めない、だから公金を出す必要はない、これでは法も何もあったものではないでしょう。 >平等思想の絶対化がイデオロギー的な性格の強い意見とは驚きました。私には逆に「天皇神格化」に近いような意見が「イデオロギー的な性格の強い意見で、そういうドグマが根底にある説」と感じます。 平等思想を絶対の基準として、君主制は平等思想に反するからなくすべき、という意見でしょう、とうろうさんは。平等思想そのものがイデオロギー的だとは私は言っていませんよ。平等思想を「絶対化」して適応させようとするあなたの姿勢を指して、ドグマ的だと申しているのです。 >貴方が私の意見に賛成でないのは分かっておりますが、賛成でない根拠の説明が、このような抽象的で言葉だけが踊っているようでは失礼ですが私の意見を変えるには至りません。 とうろうさんの意見は、天皇が絶対の神だ、という証拠でも見つけない限り、変わらないでしょう。それから、法律は抽象論の話ですので、抽象的な話で当たり前なのです。とうろうさんの場合、その抽象論が上手くこなせていない印象を受けます。 >「平等思想の絶対化」などしなくても「法の下の平等」「基本的人権」は広く世界に認められた現代社会の「絶対原則」と私は考えています。 ほら、そういう風に「絶対化する」ことを、ドグマ的だというのですよ。 >「国民の総意に基づく」と言うのは「歴史」で、「GHQ史観で押し付けられた憲法」と言うのも「歴史」ですか。何だか「歴史」のつまみ食いのような気がしてきました。 何を仰っているのか、分かりません。GHQの押しつけがなかった、とでも言うのならば別ですが、GHQの押しつけ憲法、というのは歴史的事実でしょう。 >「憲法が矛盾を内包している」と思うから私は意見を言っているのですが、貴方の「矛盾」とは違うようですね。貴方の言われる「矛盾」とは具体的どのようなものでしょうか。教えてください。 えっ・・・??。これまで何度も何度も書いてきましたが、何を仰るんですか?。もし日本国憲法が、「基本的人権」を天皇という地位と矛盾するものと予定しているならば、同じ憲法の中に天皇と基本的人権を記載するのは憲法の矛盾でしょう、ということです。 それにしても、とうろうさんは「自分の説を展開しているだけ」と言いながら、「教えてください」がやたらと多いですね。 >皇室の地位の変遷については先に説明しております。私の視点がおかしいのであれば、貴方のご存知の日本史で「天皇が特別である」と言う説明を、私が納得できるように、して頂けないでしょうか。 とうろうさんの納得は期待できないです。これまで日本の統治の正統性が「天皇抜きで」成立したことは、国史上なかったこと、そういうことはご存じないのでしょうか?。これ以上ないほど具体的な説明かと思いますが。敗戦にあっても、なお天皇の地位は保たれたことなども、特別なもので「ない」なら、それはどうしてですか。「私が分からないから」では、お話になりませんね。 >但し、口幅ったいようですが、私は、宇宙に人間が飛び出す21世紀に住む現代日本人であり、日本歴史もある程度分かり、一応科学的な常識もあり、「人とは何か」現代科学が証明していることも多少は分かり、人間社会の政治・経済・社会・文化のありようも少しは見聞していると言うことを前提に分かるようにご説明願います。 そのような方が、何故国憲を重んじられないのか、よほど不思議です。 |
(承前 その7(3)) >また、「全国民的に役に立つのでなければ、金は出さない」というのは、国家をあたかも私企業であるかのように捉える感覚であり、軽薄な論だと思います。もし日本に天皇がいなければ、そもそも日本国の存在自体が、はなはだ怪しいものであった、先の大戦の経緯を考えれば、そうではありませんか。どうやってその「利害」を、換算できますか。 「利害」はお金だけではないと繰り返し言っています。上を参照ください。 「もし日本に天皇がいなければ、そもそも日本国の存在自体が、はなはだ怪しいものであった」とはどういうことでしょうか。天皇の戦争中の行動、行為に即して具体的に仰って頂けませんか。 失礼ですが、どうも総じて告天子さんのコメントは結論だけでその結論を支える事実、根拠のご説明がないので理解の至らない私には良く分からないのです。 >>そして、また、私は「天皇」さんおよび「そのご一家」が、お気の毒でならないのです。 >そのような「同情」は、事実をよく見た上での話ではなく、軽薄な論に過ぎません。 貴方は「事実」を見ておられ、「天皇」の御意志をご存知のようですから、「軽薄」の理由をご説明ください。 上はあくまで私の感想・印象です。貴方が「軽薄」と思われるのは結構ですが、このような公開の掲示板で「軽薄」と仰るのであれば、「軽薄」の根拠を具体的に示して仰るべきではないでしょうか。 >>早く、現「日本国憲法の桎梏」から解放され、日本国を代表する「名家」として、そして、「普通の人間のおひとり」としてお生きになれるように願ってやまないのです。 >日本国憲法の欠陥がむしろ皇室を苦しめているのではないですか。日本を代表する皇室としてあることを願うなら、皇室が皇室たることを阻んでいるような「憲法の桎梏」を解くべきであり、しかしその先を「普通の人間であるべき」とするのは、とうろうさんの勝手な思い込みであり、皇室はとうろうさんのお考えによりあるのではありません。普通の人間の一人として生きることを願っている、などというのは、王道に対する侮辱でしかありません。 上にも申しましたが「王道に対する侮辱」であるなら、何が「王道」で、どのような根拠をもち、私の言が「侮辱」であるなら、何故「侮辱」かご説明頂けないでしょうか。お願いいたします。 言論・思想・信条・信仰の自由が保障されている現代の日本で私が感ずることを表明するのに問題がありますか。 私の思い込みかどうかは貴方一人が思われることでなく国民多数の方のご意思によるものでしょう。 逆に貴方のご意見が時代錯誤的な思い込みと考えられる方も居られるのではと思います。 貴方の印象を述べられるのは結構ですが、自分の考えを絶対化して言われるのはどうかと思います。私の意見も一意見、貴方の考えも一意見と思います。どうか、今後とも客観的、冷静な表現に留意いただくようお願いいたします。 尚、以上で私の当初の意見に対する告天子さんのご意見(私が言う告天子さんの一次レス)についてレスは終わりました。次に、告天子さんの二次レスに移りたいと思いますが、これに逐一レスを付けるかどうかは少し考えさせて下さい。 私の結論については、少し表現を変えてPCOGさんがレス【41617】で、論文調で簡潔に要領よく纏めておられると思っております。ご両者に対し、失礼かとも思いますが、このご意見に対する告天子さんのお考えを聞かせていただければ幸いとも思います。 なお、私が長々と対話調で書き込んでいますのは、この際天皇制の話に託して私が日本人および日本の歴史、現日本社会のありようあるいは社会風潮に関する意見も述べたいからであることをご理解ください。 (その7)完 |
>「もし日本に天皇がいなければ、そもそも日本国の存在自体が、はなはだ怪しいものであった」とはどういうことでしょうか。天皇の戦争中の行動、行為に即して具体的に仰って頂けませんか。 もし仮に「聖断」がなければ、日本国は熾烈な本土決戦に突入していたでしょう。そうなったら、戦後処理にしても、どうなっていたかなど分かりません。日本という国そのものが、なくなっていたかもしれません。またソ連の侵攻により、日本は分割統治されていたかもしれません。 >>>そして、また、私は「天皇」さんおよび「そのご一家」が、お気の毒でならないのです。 >>そのような「同情」は、事実をよく見た上での話ではなく、軽薄な論に過ぎません。 >貴方は「事実」を見ておられ、「天皇」の御意志をご存知のようですから、「軽薄」の理由をご説明ください。 皇族は、皇籍を離れることは皇族会議により可能ですが、とうろうさんの言うように皇族であることが「気の毒がられるような人権無視の状態を強いられることだから」、皇族から離脱することにした、という話は聞いたことがありません。勝手なとうろうさんの思い込みに過ぎません。第一、天皇を「天皇である」が故に気の毒がられるなど、あなたの話は失礼で軽薄です。 >上はあくまで私の感想・印象です。貴方が「軽薄」と思われるのは結構ですが、このような公開の掲示板で「軽薄」と仰るのであれば、「軽薄」の根拠を具体的に示して仰るべきではないでしょうか。 皇族の方々の、その地位を「基本的人権も無視され、法の平等も与えられない気の毒な地位だ」とするも同然の意見なのですから、敬意を欠いた、軽薄な意見だと思います。 >>>早く、現「日本国憲法の桎梏」から解放され、日本国を代表する「名家」として、そして、「普通の人間のおひとり」としてお生きになれるように願ってやまないのです。 >上にも申しましたが「王道に対する侮辱」であるなら、何が「王道」で、どのような根拠をもち、私の言が「侮辱」であるなら、何故「侮辱」かご説明頂けないでしょうか。お願いいたします。 天皇陛下、皇室の方々は、常の人には思いも及ばぬようなご苦労もおありでしょう。それを思いやるのならば、分かりますが、何故そのような苦労をされるのかと言えば、「憲法に縛られているから」ではなく、天皇として日本の国のためにそうされているのでしょう。王道とはそういうものかと思います。 ところがとうろうさんは、天皇のご苦労を、「日本国憲法に縛られているから」とし、その上、「早く普通の人になればいい」と天皇の地位の変更を願われているのですから、これは天皇のご苦労を思われてのことではなく、「自分の主義主張を貫徹するために」その筋に沿って「天皇は気の毒」「普通の人になればいい」とされるに過ぎない。これは侮辱だと思います。天皇陛下にはご苦労は確かにおありでしょうが、「普通の人になれ」とは、「天皇としての公務はする必要はない」と、そう述べられているも同然です。 >言論・思想・信条・信仰の自由が保障されている現代の日本で私が感ずることを表明するのに問題がありますか。 あなたが感じることを表明するのは自由ですが、筋の通らない話を強要されるいわれもまたないのです。 >私の思い込みかどうかは貴方一人が思われることでなく国民多数の方のご意思によるものでしょう。 とうろうさんのご意見が、国民多数の意見を代弁するようなものだとは思いません。 >逆に貴方のご意見が時代錯誤的な思い込みと考えられる方も居られるのではと思います。 それは任意ですが、筋が通っているかが問題でしょう。 >なお、私が長々と対話調で書き込んでいますのは、この際天皇制の話に託して私が日本人および日本の歴史、現日本社会のありようあるいは社会風潮に関する意見も述べたいからであることをご理解ください。 はい。 |
▼告天子さん:こんばんは。 たまたま告天子さんの即レス?が目に入りましたので、この時間で、私もレスはすまいと思っていたのですが、この告天子さんのレスは、先の「沈黙の初夏」さんのコメントがまさに当てはまることかと思い、私のコメントとして改めてここにその一部をコピー、貼り付けさせて頂きます。 沈黙の初夏さんには、どうかお許しを願います。 なお、貴コメントの引用が「的外れ」であればご指摘、ご注意お願いいたします。 *** >【41630】手ぬるい 沈黙の初夏 - 05/1/24(月) 15:15 - >あんなものを支えたい頭のどうかしている人達には(民主主義を肯定するならやめろとは言えないから)静かにやってもらいたいものである。 >間違っても右翼街宣車のような近所迷惑となるフルヴォリュームによる騒音は謹んでいただきたい。 >さしずめ掲示板上では、吟味、推敲不充分な短時間の連続投稿がこれに該当しよう。 74 hits(050124 22:17) *** 失礼いたしました。 |
▼とうろうさん: 横レス失礼します。 即レスに対し、感謝こそすれ、それが不満であるのは的外れではないでしょうか? 自分の意見を一方的に言うのではなく、レスして下さった字句を丁寧に読み、それに対してお答えになったら如何でしょう? 見方、考え方が多様であることに対し、それはそれで受け入れてお読みになっている姿勢をお感じになりませんか?そう感じ感謝で返すのが礼儀であると思いますが・・・・・? 右翼の街旋者という言い方が挑発的であるとお感じになりませんでしたか? |
▼相良唯夫さん: こんばんは。ご意見有難うございます。 >▼とうろうさん: >横レス失礼します。即レスに対し、感謝こそすれ、それが不満であるのは的外れではないでしょうか? お言葉を返して失礼ですが、内容、姿勢によるのではないでしょうか。 >自分の意見を一方的に言うのではなく、レスして下さった字句を丁寧に読み、それに対してお答えになったら如何でしょう? 勿論、そのように読んでおります。その上で言っております。 >見方、考え方が多様であることに対し、それはそれで受け入れてお読みになっている姿勢をお感じになりませんか?そう感じ感謝で返すのが礼儀であると思いますが・・・・・? 上に申しまたし、これまでの告天子さんのレスに対し今まで同じこと:根拠、事実を示すことなく、センセーショナルな言葉だけが、踊っているレスはご容赦下さいと何度も申しております。 そして、そのことは同じく沈黙の初夏さんもお感じのことと思い、敢えて沈黙の初夏さんのコメントをお借りしたものです。 そのことを踏まえた上ですので、失礼ですが、相良さんのご注意は当たらないと私は考えております。 相良さんは、逐一(全て)今までの私と告天子さんのレスのやり取りをお目通しの上今のご意見を言っておられるのでしょうか。お伺いいたします。 >右翼の街旋者という言い方が挑発的であるとお感じになりませんでしたか? 勿論、挑発的と感じていますし、私が書き込んだ後、沈黙の初夏さんのレスに管理人さんの注意が付いたことも知りました。 善意の「即レス」と、ある意を持った「即レス」との区別は、失礼ながら、私にもつくと思っております。何ら急ぐ必要も無いのに、敢えて言えば、揚足取りめいて自己主張を言うだけのレスだから、沈黙の初夏さんのレスをお借りして申しました。 若し、上の私のコメントが間違っているとお考えでしたら、私と告天子さんのレスのやり取りを、全てレビュー(チェック)の上、その事実に即して、私の間違いをご指摘ください。 いつも申しておりますように、私は「過ちを革(あらた)むる」に憚(はばか)ることのない人間であります故。 どうか宜しくお願いいたします。 |
横レスします。 ▼とうろうさん: >>▼とうろうさん: >>横レス失礼します。即レスに対し、感謝こそすれ、それが不満であるのは的外れではないでしょうか? > >お言葉を返して失礼ですが、内容、姿勢によるのではないでしょうか。 内容、姿勢によるというのであれば、「己は正しく、相手は間違っている」と無反省に考える態度は戒められるべきでしょう。告天子の投稿の「内容、姿勢」の、具体的にどこが問題か、お教えください。 >>自分の意見を一方的に言うのではなく、レスして下さった字句を丁寧に読み、それに対してお答えになったら如何でしょう? > >勿論、そのように読んでおります。その上で言っております。 41692では、全くそのような姿勢はなく、一方的に告天子をなじっているだけです。全く失礼です。しかも、「頭がどうかしている」などと書いた他人の書き込みを引用して、自分は「失礼しました」などと平然と言えるのですから、あなたの姿勢は無礼そのものです。 >これまでの告天子さんのレスに対し今まで同じこと:根拠、事実を示すことなく、センセーショナルな言葉だけが、踊っているレスはご容赦下さいと何度も申しております。 41685〜41691までの、とうろうさん言われるところの「即レス?」の、具体的にどの言葉が「センセーショナルな言葉だけが踊っている」レス、なのですか。お教えください。 > >そして、そのことは同じく沈黙の初夏さんもお感じのことと思い、敢えて沈黙の初夏さんのコメントをお借りしたものです。 沈黙の初夏さんは、理由も示さずに一方的に告天子に対して「頭がどうかしている」「右翼の街宣車」と暴言を吐いているのですから、失礼そのもので、著しく不当なものです。それをおかしいと思わずに「コメントをお借りした」と平然としているとうろうさんの常識を疑います。 > >そのことを踏まえた上ですので、失礼ですが、相良さんのご注意は当たらないと私は考えております。 全く逆です。相良さんの書き込みを読んで、「やはり他の人もおかしいと思うのか」と、意を強くしました。ハッキリ言って、とうろうさんの相良さんへの返答は、きちんと理由も挙げずに相手の発言を無視する、大変失礼なものです。 > >相良さんは、逐一(全て)今までの私と告天子さんのレスのやり取りをお目通しの上今のご意見を言っておられるのでしょうか。お伺いいたします。 また逆質問ですか?あなたは、尋ねられるとそれに答えずに、逆に質問で返すのですね。大変不快です。 > >>右翼の街旋者という言い方が挑発的であるとお感じになりませんでしたか? > >勿論、挑発的と感じていますし、私が書き込んだ後、沈黙の初夏さんのレスに管理人さんの注意が付いたことも知りました。 挑発と知りつつ敢えて告天子に言い放つのですから、あなたのしていることは「意図的な、確信を持った挑発」です。 > >善意の「即レス」と、ある意を持った「即レス」との区別は、失礼ながら、私にもつくと思っております。 「ある意」とは、どんな意ですか。説明してください。 >何ら急ぐ必要も無いのに、敢えて言えば、揚足取りめいて自己主張を言うだけのレスだから、沈黙の初夏さんのレスをお借りして申しました。 急いでレスをすることと、「揚げ足取りめいて自己主張を言うだけ」のレストは関係がありません。揚げ足云々は、これまたとうろうさんの一方的な断定に過ぎません。それを言うなら、とうろうさんの説の方が、「自説を展開しているに過ぎない」自己主張を言うだけに過ぎないものではありませんか。 > >若し、上の私のコメントが間違っているとお考えでしたら、私と告天子さんのレスのやり取りを、全てレビュー(チェック)の上、その事実に即して、私の間違いをご指摘ください。 そんな必要はありません。あなたのこの書き込みを読んだだけで、明らかにおかしいです。逐一、批判します。 > >いつも申しておりますように、私は「過ちを革(あらた)むる」に憚(はばか)ることのない人間であります故。 そのように言われても、以上、意見を具体的に読んだところ、とうろうさんの姿勢は、はなはだ疑わしく、過ちを改めるどころか、逆に「どこがおかしいのか」と人に尋ね返して、真摯な反省などはしていないように思いますが。 > >どうか宜しくお願いいたします。 |
▼告天子さん: こんばんは。 このようなことは「横レス」でなく、私とのやり取りの中でお答えになり、実際に貴方が実行されるべきことと私は感じています。 テイクノートはしました。 おやすみなさい。失礼します。 |
▼とうろうさん: >善意の「即レス」と、ある意を持った「即レス」 ??? とうろうさんもある「意味を持った」書き込みではありませんか? むしろとうろうさんの書き込みに対し、告天子さんがお答えになっているように感じられますが・・・? 私も告天子さんと同じように、とうろうさんは廃呈論をお述べになっているように感じました・・・。 |