Page 1029 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼小さい紳士と小さい暴君の話! 珍 源斎 05/10/10(月) 18:32 ┣Re(1):小さい紳士と小さい暴君の話! しまったk2 05/10/10(月) 21:00 ┃ ┗Re(2):小さい紳士と小さい暴君の話! 珍 源斎 05/10/11(火) 8:49 ┣Re(1):小さい紳士と小さい暴君の話! 退役軍人 05/10/11(火) 10:46 ┃ ┗Re(2):小さい紳士と小さい暴君の話! ウミサチヒコ 05/10/11(火) 11:06 ┃ ┣ちょっと違うんでは? コップ酒 05/10/11(火) 11:28 ┃ ┗Re(3):小さい紳士と小さい暴君の話! たそがれ 05/10/11(火) 15:05 ┃ ┣Re(4):小さい紳士と小さい暴君の話! レモン(元柚子) 05/10/11(火) 15:48 ┃ ┃ ┗Re(5):小さい紳士と小さい暴君の話! たそがれ 05/10/11(火) 17:05 ┃ ┃ ┗Re(6):小さい紳士と小さい暴君の話! レモン(元柚子) 05/10/11(火) 19:02 ┃ ┃ ┗Re(7):小さい紳士と小さい暴君の話! たそがれ 05/10/11(火) 21:13 ┃ ┃ ┗Re(8):小さい紳士と小さい暴君の話! レモン(元柚子) 05/10/14(金) 6:40 ┃ ┗Re(4):小さい紳士と小さい暴君の話! 珍 源斎 05/10/11(火) 17:08 ┃ ┗Re(5):小さい紳士と小さい暴君の話! たそがれ 05/10/11(火) 17:12 ┃ ┗Re(6):小さい紳士と小さい暴君の話! コップ酒 05/10/12(水) 7:12 ┃ ┗Re(7):小さい紳士と小さい暴君の話! たそがれ 05/10/12(水) 8:00 ┃ ┗末永くお元気で。 コップ酒 05/10/13(木) 4:48 ┃ ┗Re(1):末永くお元気で。 ふきのとう 05/10/13(木) 23:38 ┣Re(1):小さい紳士と小さい暴君の話! レモン(元柚子) 05/10/11(火) 13:34 ┣Re(1):小さい紳士のエピソード紹介の本意は! 珍 源斎 05/10/12(水) 17:32 ┃ ┗Re(2):小さい紳士のエピソード紹介の本意は! 珍 源斎 05/10/12(水) 22:00 ┃ ┗Re(3):小さい紳士のエピソード紹介の本意は! エックス(X改め) 05/10/12(水) 23:47 ┣Re(1):小さい紳士と小さい暴君の話! イワオ 05/10/14(金) 1:42 ┃ ┣Re(2):小さい紳士と小さい暴君の話! 遍巳亭 05/10/14(金) 5:29 ┃ ┃ ┗Re(3):小さい紳士と小さい暴君の話! 遍巳亭 05/10/14(金) 7:31 ┃ ┃ ┗Re(4):小さい紳士と小さい暴君の話! レモン(元柚子) 05/10/14(金) 11:17 ┃ ┃ ┗Re(5):小さい紳士と小さい暴君の話! 遍巳亭 05/10/14(金) 19:31 ┃ ┃ ┗Re(6):小さい紳士と小さい暴君の話! レモン(元柚子) 05/10/14(金) 22:26 ┃ ┃ ┗Re(7):小さい紳士と小さい暴君の話! 遍巳亭 05/10/14(金) 23:03 ┃ ┣違うと思いますよ。 退役軍人 05/10/14(金) 11:15 ┃ ┃ ┣Re(1):違うと思いますよ。 キタキツネ 05/10/14(金) 18:53 ┃ ┃ ┃ ┗これは失礼。 退役軍人 05/10/14(金) 23:47 ┃ ┃ ┗Re(1):違うと思いますよ。 イワオ 05/10/15(土) 3:19 ┃ ┗Re(2):一般化・普遍化の根拠(小さい紳士と小さい暴君の話) とうろう 05/10/14(金) 23:21 ┗Re(1):小さい紳士と小さい暴君の話! 遍巳亭 05/10/15(土) 7:25 ┗Re(2):小さい紳士と小さい暴君の話! 珍 源斎 05/10/15(土) 11:16 ┗Re(3):小さい紳士と小さい暴君の話! 遍巳亭 05/10/16(日) 6:58 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 小さい紳士と小さい暴君の話! ■名前 : 珍 源斎 ■日付 : 05/10/10(月) 18:32 -------------------------------------------------------------------------
行きずりの小さな出会いで心暖まるシーンが今でも記憶に残ってます。 米国カルフオルニアの州都サクラメント市に滞在中にホテルの エレベターに乗り合わせた母子とおぼしき二人連れの5〜6才位の 男の子がエレベーターから降りる際にお先にどうぞ「アフターユーサー」 と云って進路を譲ってくれました。お礼を云いつつ後ろに立つ母親にも 目礼したところ、その母親より明るい笑みの返礼を受けました。 小さなちょっとしたふれ合いなのに何故、心温まる印象が残ったことに ついて思い当たることで同じような状況であっても、そのような 思いに日本では全く出会ったことが無かったことに気づかされました。 日本で日常見受けられる光景としては5〜6才の親子ズレの 場合は子供は周囲のことには一切、気に掛けない「ハシャギ・モード」 で手のつけられない暴君ぶりを再三、目にすることでした。 乗り物の中やフミリーレストランの中で走り回る光景も 一度や二度どころでない定番化した光景です。店の人や他人では 注意し難いことで親が行動抑制を含めた注意をすべきところです。 子供たちへのTPOを「わきまえた」マナーの躾には欧米先進諸国に 一日の長ががあるように思います。 聞く処によりますと子育てに於いて彼らは躾の基本に抑制「堪え性」 を先ず第一に据えるとのことですが、何だか犬の調教や躾と同じでは ないかとフト思いましたが、物心付く以前の子供には共通する 手法があるのか?と考えさせられた次第です。 日本では長じてからも{こらえ性」に欠けた人たちの行動が社会問題化 してる背景がもしかしたらこの辺りにあるのかも?・・・。 |
▼珍 源斎さん: >行きずりの小さな出会いで心暖まるシーンが今でも記憶に残ってます。 >米国カルフオルニアの州都サクラメント市に滞在中にホテルの >エレベターに乗り合わせた母子とおぼしき二人連れの5〜6才位の > >男の子がエレベーターから降りる際にお先にどうぞ「アフターユーサー」 >と云って進路を譲ってくれました。お礼を云いつつ後ろに立つ母親にも >目礼したところ、その母親より明るい笑みの返礼を受けました。 > >小さなちょっとしたふれ合いなのに何故、心温まる印象が残ったことに >ついて思い当たることで同じような状況であっても、そのような >思いに日本では全く出会ったことが無かったことに気づかされました。 > >日本で日常見受けられる光景としては5〜6才の親子ズレの >場合は子供は周囲のことには一切、気に掛けない「ハシャギ・モード」 >で手のつけられない暴君ぶりを再三、目にすることでした。 > >乗り物の中やフミリーレストランの中で走り回る光景も >一度や二度どころでない定番化した光景です。店の人や他人では >注意し難いことで親が行動抑制を含めた注意をすべきところです。 > >子供たちへのTPOを「わきまえた」マナーの躾には欧米先進諸国に >一日の長ががあるように思います。 > >聞く処によりますと子育てに於いて彼らは躾の基本に抑制「堪え性」 >を先ず第一に据えるとのことですが、何だか犬の調教や躾と同じでは >ないかとフト思いましたが、物心付く以前の子供には共通する >手法があるのか?と考えさせられた次第です。 > >日本では長じてからも{こらえ性」に欠けた人たちの行動が社会問題化 >してる背景がもしかしたらこの辺りにあるのかも?・・・。 そう思いたくなくても、やはり戦後の、それまでの抑圧された民主主義や人権が、リバウンドして、膨張した教育の結果ということになるのでしょうか。 いまの世代は戦後、3世代目くらになるので、いわばその悪い面が3乗くらいになっているのではないですか。もちろん、一代目のわれわれ世代の責任は極めて重大ですが。 私も、アメリカ人と数人、身近で付き合いしますが、ジョークは通じるが、極めて誠実で、ある意味では素朴で、信頼できる人が多い。それでいて、寛容で、かつ多少の厳しい言葉では、簡単に傷つかない。 同じ民主主義の国民でも、土台や歴史の厚みが異なるのかと、思わせられます。 |
しまったk2さん こんにちわ! レスコメント有難うございます。 私は貴兄が下記にてお述べになってる戦前の道徳的な抑圧からの解放・ とすることには・少し異なった見解です。 勿論世相一般については云われてる通りかも知れませんが・、 お隣の韓国、シンガポール、フイリピンetc の国々においても 私の経験では日本で見かける「小さい暴君」的な子供を見たことがありません。 子供たちにも色々あります。日本でも小さな紳士や淑女たる子供達も多く おります。共通してる処はその親、取り分けて母親がシッカリしたところが あるように思います。 母親の育て方、躾に子供に「堪え性」「抑制」を植え付け、長じてから それが確かな理性の獲得に通じることになるのかな?と私としては 感ずるところです。 子供を小さな暴君にさせない育て方は幼児期での親の育児方法に あること子供への愛情はあっても「わがまま」を許さない・とする ことが結果においてその子供の人生の幸せにも通じることにあるように 思います。 難しく云えば人格形成・云々と謂われる処ですが・此処の処は そこまでの論議は敢えて、避けさせて頂きます。 >そう思いたくなくても、やはり戦後の、それまでの抑圧された民主主義や人権が、リバウンドして、膨張した教育の結果ということになるのでしょうか。 > >いまの世代は戦後、3世代目くらになるので、いわばその悪い面が3乗くらいになっているのではないですか。もちろん、一代目のわれわれ世代の責任は極めて重大ですが。 > >私も、アメリカ人と数人、身近で付き合いしますが、ジョークは通じるが、極めて誠実で、ある意味では素朴で、信頼できる人が多い。それでいて、寛容で、かつ多少の厳しい言葉では、簡単に傷つかない。 > >同じ民主主義の国民でも、土台や歴史の厚みが異なるのかと、思わせられます。 |
珍 源斎さん、おはようございます。 直レスはお久しぶりです。 ▼珍 源斎さん: >小さなちょっとしたふれ合いなのに何故、心温まる印象が残ったことに >ついて思い当たることで同じような状況であっても、そのような >思いに日本では全く出会ったことが無かったことに気づかされました。 私のところは、娘一人です。 大事に育てたのに、馬の骨君(婿殿)にかっさらわれましてね。 まぁ、男を見る目は嫁さんと二人できちんと教えたつもりだし、私の娘が選んだ男だからと無理やり納得して................ 二人目の孫も最近登場?しましたし。 馬の骨君と娘が見せる柔らかい表情を見ていると、こっちまで幸せな気分になりますよ。 現実の問題として、教育費を考えると三人目ってのは考えなければなりませんよね。 「私の子供は本来もっとたくさんいたはずなんだ、心配するな四人でも五人でも生みなさい。私が可愛がるから。」って、言ってます。 本当はファミリーでアイスホッケーのチームが出来るぐらい欲しかったのですけれど、嫁さんが最初の出産で体を壊してしまい望めなくなったので。 私は五人兄弟でしたし裕福ではなかったけれど、賑やかで楽しい家族でしたから。躾けは厳しかったですよ。 特別な場所と普段の場所では違うと徹底して教えられました。 駅前の食堂にご飯を食べに行くなんて、年に一度か二度でしたし一張羅のよそいきを着せてもらって、特別な行事でしたねぇ。 周りによそ様の人がいるのだから、【特別な場所】だ。きちんと振る舞えって親父が....... 兄弟みんな緊張してはしゃぐどころじゃあなかったなぁ。 >一度や二度どころでない定番化した光景です。店の人や他人では >注意し難いことで親が行動抑制を含めた注意をすべきところです。 私はご両親に遠慮なく叱りますよ。 昔、子供だった頃に近所の怖くてうるさいおじいさんから、叱られた記憶がありましてね、大人になってから有り難いと思いましたから。 うるさいオッサンと思われているのでしょう。(微笑 >子供たちへのTPOを「わきまえた」マナーの躾には欧米先進諸国に >一日の長ががあるように思います。 マレーシアの人だったかな、「昔日本人は最も子育てが上手な民族だったのに、今では最も子育てが下手に民族になってしまった。どうしてこんなことになったたんだ。」と嘆いておられましたねぇ。 核家族化と近隣住人同士の関係が希薄になったことが、原因の一つではないかと思っています。 子供を得たばかりの若い夫婦が一人前の親である訳はないと思います。 私自身は、【子育てというのは、親として育つということだ。】と思ってます。 子育てが終わってから判ることのようですけれど。(苦笑 子育ての先達である両親やじーちゃん・ばぁちゃん達家族や、先輩であるご近所の皆さんの指導と支援が必要不可欠であると思うのです。 子供は社会が育てるものだと思います。 先輩から得たものは、後輩である若い親に返すことで継承されてきたものが、戦後一気に進んだ核家族化と、向こう三軒両隣というか一番小さな社会内部の関係が希薄になることで、途絶してしまったのかなぁ。 >日本では長じてからも{こらえ性」に欠けた人たちの行動が社会問題化 >してる背景がもしかしたらこの辺りにあるのかも?・・・。 忍耐ってのは、家庭教育で得るものだと思います。 そういった、他者との関係を維持するための基本的な躾けは、親の責任だと思いますよ。学校ってのは、基本的な躾けを実践にうつす訓練の場所だと思ってます。 家庭での基本的な躾けが出来てなくては、学校での訓練もへったくれもありませんよ。 学校の先生に躾けを期待する馬鹿親も多いようですが。 こんなの自らの親としての責任を放棄しているとしか思えません。 失礼いたしました。 |
▼退役軍人さん: >珍 源斎さん、おはようございます。 > >直レスはお久しぶりです。 (中略) >学校の先生に躾けを期待する馬鹿親も多いようですが。 >こんなの自らの親としての責任を放棄しているとしか思えません。 > >失礼いたしました。 以上「勝ち組」さんのエセ教育論でした。 笑わせらぁ。親はなくとも子は育つ |
▼ウミサチヒコさん:こんにちは。 >>学校の先生に躾けを期待する馬鹿親も多いようですが。 >>こんなの自らの親としての責任を放棄しているとしか思えません。 >以上「勝ち組」さんのエセ教育論でした。 >笑わせらぁ。親はなくとも子は育つ へえー、どの部分がどう笑う部分なんでしょう? わたしは退役軍人さんは至極当然な、当たり前の真っ当なことを おっしゃっていると思いましたけど。 親はなくとも子は育つ、って言葉、『世間胸算用』に 出て来た言葉ですよね。 本来の意味は「親が死んでも子供はどうにか育って一人前になっていく」 ってことでしょう。 親の責任逃避の理由づけのために、この言葉が産み出されたんじゃ ありません。 わたしがこの言葉について個人的に思うのは、 親が死んでも子供はなんとか苦労して育って行くけど、 親が生きているうちは子供のためにやれることはすべきじゃん、 それが親としての責任じゃん、ってことだと思ってます。 失礼しました。 |
▼ウミサチヒコさん: >▼退役軍人さん: >>珍 源斎さん、おはようございます。 >> >>直レスはお久しぶりです。 >(中略) >>学校の先生に躾けを期待する馬鹿親も多いようですが。 >>こんなの自らの親としての責任を放棄しているとしか思えません。 >> >>失礼いたしました。 > >以上「勝ち組」さんのエセ教育論でした。 >笑わせらぁ。親はなくとも子は育つ 海外旅行と孫の話は聞きたくない、負け組みも居る。 |
私は個人的には、勝ち組み負け組みという言葉や考え方は、好きではありません。 わざわざこの掲示板で、海外旅行や孫の話をする人が世間でいう勝ち組みならば、勝ち組みなんてその程度なんだと思うだけです。 |
▼レモン(元柚子)さん: >私は個人的には、勝ち組み負け組みという言葉や考え方は、好きではありません。 > >わざわざこの掲示板で、海外旅行や孫の話をする人が世間でいう勝ち組みならば、勝ち組みなんてその程度なんだと思うだけです。 言い直します。 海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 |
▼たそがれさん > >海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 お気持ち、とてもよくわかります。 書いているご本人は自慢のつもりではなくても、読んでいるとうんざりすることはよくあります。 海外旅行は、旅行で仕事ではありませんから、経済と時間と健康に余裕のある人しか行かれません。 他人の孫の話も、興味のない人はたくさんいると思います。 世の中にはよくあることですが、読み流す余裕のないときには、迷惑に感じる話題だと思います。 |
▼レモン(元柚子)さん: >▼たそがれさん >> >>海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 > >お気持ち、とてもよくわかります。 お判りいただけていないようなので少しばかり改めてます。 海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、老人も居る。 そのような老人が少なくない今の世相を一言で述べたまでです。 |
▼たそがれさん: >▼レモン(元柚子)さん: >>▼たそがれさん >>> >>>海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 >> >>お気持ち、とてもよくわかります。 > >お判りいただけていないようなので少しばかり改めてます。 勝手にわかったつもりになっていたようで、失礼しました。 > >海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、老人も居る。 > >そのような老人が少なくない今の世相を一言で述べたまでです。 老人党宣言の趣旨を読んで、閲覧された方にとっては、聞きたくない話だったのかも知れません。趣旨と現状には大きなズレがありますから。 いろいろな人が居る、とうことのようです。 |
たそがれさん こんにちわ! 物見遊山の海外旅行ではなくビジネスのために命をすり減らす思いで 海外で働く人たちもおります。 外国で働くことには危険は元より言葉や文化の違いでストレスも国内での ものとは大きく異なります。 故にこのスレッドの話題は経験上のことで、決して「ひけらかす」 話題でないこと敢えて云わせていただきます。 それからいつ頃から出た言葉かは存じませんが・「勝ち組・負け組」は 嫌な言葉ですね・。「勝ち負け」「幸・不幸は表裏一体」「あざなえる縄の」ようなものと聞いたことがあります。 自分をして負け組みと思えば・意識のそこで負け組みに誘導されて しまうことになります。 「ひがまない・妬まない」も大切なことと自分自身に繰り返し 言い聞かせてるところです。 失礼いたしました。 > >海外旅行と孫の話は聞きたくない、負け組みも居る。 |
言い直します。 海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 (断り、マルチポストです) |
▼たそがれさん:こんにちは。初めまして。 >海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 そうでしたか。それでは閲覧なさらなければ、すべて解決ですね。 閲覧やレスを強制されているわけでもありませんし、 他の話題のスレで楽しくお話いたしましょう! |
▼コップ酒さん: >▼たそがれさん:こんにちは。初めまして。 > >>海外旅行の話と、孫の話は聞きたくも無い、人も居る。 > >そうでしたか。それでは閲覧なさらなければ、すべて解決ですね。 >閲覧やレスを強制されているわけでもありませんし、 >他の話題のスレで楽しくお話いたしましょう! お判りいただけたようですね、そうですね閲覧を止めます。 孫の話だけでなく他にもあるようで、閲覧、投稿が減るはずですね。 |
▼たそがれさん:こんにちは。 >>そうでしたか。それでは閲覧なさらなければ、すべて解決ですね。 >>閲覧やレスを強制されているわけでもありませんし、 >>他の話題のスレで楽しくお話いたしましょう! >お判りいただけたようですね、そうですね閲覧を止めます。 >孫の話だけでなく他にもあるようで、閲覧、投稿が減るはずですね。 横から口出した以上、ひと言最後に申し上げさせていただきます。 何を「お判りいただけた」とおっしゃるのか、わたし自身は てんでわかりませんが、 わたしが閲覧や投稿をやめるときは、ひっそり去ると思いますね。 こんなふうにわざわざ宣言せずにね。 たそがれさんのように「もう来ません」と言うことは、この 老人党掲示板全体や管理人さんにとって「脅威」であること くらいはお解りでしょう。 そればかりか「閲覧や投稿が減るはずです」と来たもんだ。 たそがれさんは確信犯ですね。 無料で掲示板を使わせていただいているのに、感謝を述べる どころか、最後に後ろ足で砂をかけるなんて。 わたしにはちょっとできないことです。 老人党野党投稿者のわたしですら、です。 それでは末永くお元気で。さようなら。失礼しました。 |
コップ酒さん、こんばんは。 自分の体験に基づいた意見を書き込んだり、身の回りのことを話したりできるのもこの掲示板のいいところだと思うので、海外旅行の話あり、お孫さんの話ありということになりますよね。 実生活の場合は、相手に応じて話題も選んだ方がいいとは思いますが、掲示板の場合は、読む側が読みとばすのもひとつの知恵かと私も思います。 たそがれさんが去るとおっしゃったのは残念ですが、そのことをコップ酒さんが気にされてるのかなあと思い(違うかもしれませんが)、書き込んでみました。 |
いろいろな人のご意見、興味深いです。 少々、不快な言葉が気になりますが、ウミサチヒコさん。 子供は、社会が育てることができれば、親はなくとも育つものかと思います。 社会と家庭のつながりが大切です。子供だけでは育ちませんから。 |
小さい紳士のエピソード紹介の本意は乳児期から幼児期 にかけての母親や周囲の子育てのことについて考えることの 提議でしたがその方向性でのレスは「退役軍人」さん他の 僅かの方でした。孫の育て方も甘やかすことなく、 堪え性を幼児期の内に刷り込むことにより長じてからの 人間性にまで影響が及ぶことは明白です。 子供らしく活発であってもTPOを「わきまえ」られる子供たち 則ち小さな紳士であると思います。 その辺りは学校や教師の出番以前に親たち取り分けて 離乳期から幼児期にかけての母親の努め「敢えて責任とは申しませんが」 が如何に大切であるかを考えさせられてます。 |
小さい紳士、淑女が育てられる環境についての研究が 発表された。 これまでの研究から科学的に判明したものとして (1)情動は生まれてから5歳くらいまでに原型が形成される (2)子どもが安定した自己を形成するには他者、特に保護者の役割が重要 (3)子どもの心の成長には、基本的な生活リズムや食育が重要−などを挙げた。 相手と一緒にいることで安心感や満足感を得られる「愛着」の形成の必要性も指摘。乳幼児期から良好な親子関係などを築き、愛着体験を豊かにすることで、対人関係能力や言語能力が伸長するとした。 第三項にて基本的な生活リズムと食育が重要としてるが 食事の内容が脳の生物的な成長に極めて重要と云うことは既に 広く知られてます。「劣悪な食事は精神成長を妨げる」 |
▼珍 源斎さん: >小さい紳士、淑女が育てられる環境についての研究が >発表された。 > >これまでの研究から科学的に判明したものとして > >(1)情動は生まれてから5歳くらいまでに原型が形成される >(2)子どもが安定した自己を形成するには他者、特に保護者の役割が重要 >(3)子どもの心の成長には、基本的な生活リズムや食育が重要−などを挙げた。 > >相手と一緒にいることで安心感や満足感を得られる「愛着」の形成の必要性も指摘。乳幼児期から良好な親子関係などを築き、愛着体験を豊かにすることで、対人関係能力や言語能力が伸長するとした。 > >第三項にて基本的な生活リズムと食育が重要としてるが >食事の内容が脳の生物的な成長に極めて重要と云うことは既に >広く知られてます。「劣悪な食事は精神成長を妨げる」 この世に生を受け、最初に出会う師は親である。 家庭環境によって情動が決められると言えないだろうか? 子どもは親の言う通りにしなくても、親のする通りにすることは多い。 学校の先生は資格試験を経て先生になるが、 親は無試験で親となる。 そこで親となるためには親から学ぶことが多いはずである。 両親、そして祖父母からも学ぶ。 人としての生き方も、親を真似ることから身に付くことが多い。 子は親の鏡というように、良いことも悪いことも親にそっくりということがよくある。また反面教師になる場合もある。 いずれにしても、子どもが影響を受ける最も大きい存在は親である。 その親が子どもを善導する義務を負っているのだから、 愛和な家庭環境をつくる責任がある。 足元から愛と和に満ちた生活を心がけたいものである。 |
▼珍 源斎さん: >行きずりの小さな出会いで心暖まるシーンが今でも記憶に残って >ます。米国カルフオルニアの州都サクラメント市に滞在中にホテ >ルのエレベターに乗り合わせた母子とおぼしき二人連れの5〜6 >才位の男の子がエレベーターから降りる際にお先にどうぞ「アフ >ターユーサー」と云って進路を譲ってくれました。お礼を云いつ >つ後ろに立つ母親にも目礼したところ、その母親より明るい笑み >の返礼を受けました。 >小さなちょっとしたふれ合いなのに何故、心温まる印象が残った >ことについて思い当たることで同じような状況であっても、その >ような思いに日本では全く出会ったことが無かったことに気づか >されました。 高齢の作家や、ヨーロッパに派遣されていた学識経験者が、新聞の 投書欄や、エッセイに書くパターンですね。 アメリカで何回か、こういう経験なさったのでしょうか。 一回きりなら「欧米先進諸国に一日の長ががあるように思いま す。」と結論づけない方が良いのではないですか。 可能性としては一回きりなら同じ体験をして「さすが日本は礼節の 国だ」と結論づける日本訪問の親日家おじいさんもいるはずです。 >日本で日常見受けられる光景としては5〜6才の親子ズレの >場合は子供は周囲のことには一切、気に掛けない「ハシャギ・ >モード」で手のつけられない暴君ぶりを再三、目にすることでし >た。 珍 源斎さんが訪問なさったサクラメントのホテルと同じグレード の日本のホテルはどのクラスです? 三つ星・四つ星・五つ星 クヲリティイン・ホリデイイン・ヒルトン・メリディアン・帝国ホ テル・ホテルオークラ 日本でサクラメントと同じクラスのホテルで子供が再三暴君ぶりを 発揮しているのを目撃されたのでしょうか。 >乗り物の中やフミリーレストランの中で走り回る光景も >一度や二度どころでない定番化した光景です。店の人や他人では >注意し難いことで親が行動抑制を含めた注意をすべきところです。 なんだ、子供がはしり回っているのは乗り物の中、ファミレスです か、ホテルではないのですか。同じ条件で比較しなければ、比較で きませんよ。 アメリカでもダウンタウンのファミレス、マクドでは同じような光 景見ますが。 >子供たちへのTPOを「わきまえた」マナーの躾には欧米先進諸国に >一日の長ががあるように思います。 中産階級以上の躾にはね。 その代わり、シリアルキラーが欧米の白人に多い。 犯罪でも猟奇性の多いものが沢山発生してます。 両刃の剣です。 >ないかとフト思いましたが、物心付く以前の子供には共通する >手法があるのか?と考えさせられた次第です。 失敗すると、攻撃性の多い子供に育ちます。 あなたも、これからだんだん思考力、行動が子供時代に近づく年齢 でしょうが、大切に育てたと思っている子供さんに、物心付く以前 のあなたがよかれと思ってした躾を、親に向かって再現して欲しい ですか。 福祉関係している友人から親の虐待、放置、無関心件数がすごく多 くなっていると聞きますが。 |
▼イワオさん: >高齢の作家や、ヨーロッパに派遣されていた学識経験者が、新聞の >投書欄や、エッセイに書くパターンですね。 コピペ(コピー&ペースト)の世界。しかし、コピペはコピペだと分かります。コピペの色と香り。ボケとつっこみの田舎芝居も同様。そうであって、みだらな現実の写し絵として楽しくもあります。 コピペする 愉快な街に 灯がともり(「街の灯」で、これもコピペ) そういえば、この社会、どこを見てもコピペのような。コピペのコピペの元はどこ。 私は、平和も護憲も利口も右も左もいらなくて、素朴な声がいい。ストーリーはいらない。 素朴な声をかき消すものはなんなのか。 |
▼自己レス >私は、平和も護憲も利口も右も左もいらなくて、素朴な声がいい。ストーリーはいらない。 仮に魂のこもらない仏像を並べるとしたら、それはむしろ仏様にすまない。 仏様のことですから、「業は業」とされて、魂を入れてくれるかもしれませんが。そういえばレジャー施設の仏像、それなりにいつの間にか魂が入っているような。日本人の感覚。 |
▼遍巳亭さん: >▼自己レス > >>私は、平和も護憲も利口も右も左もいらなくて、素朴な声がいい。ストーリーはいらない。 > >仮に魂のこもらない仏像を並べるとしたら、それはむしろ仏様にすまない。 > >仏様のことですから、「業は業」とされて、魂を入れてくれるかもしれませんが。そういえばレジャー施設の仏像、それなりにいつの間にか魂が入っているような。日本人の感覚。 遍巳亭さん こんにちは。お久し振りです。 伽藍堂から、ご本尊の仏像のお話。そして仏像の魂について。 人の心を映す鏡のように思います。 またここに帰ってきたのも、何かの因縁でしょうか。 私は名前を変えたのですが、中身を変えるのには、時間がかかります。 伽藍堂を出たり入ったりしています。 失礼しました。 |
▼レモン(元柚子)さん: >伽藍堂から、ご本尊の仏像のお話。そして仏像の魂について。 >人の心を映す鏡のように思います。 > >またここに帰ってきたのも、何かの因縁でしょうか。 >私は名前を変えたのですが、中身を変えるのには、時間がかかります。 >伽藍堂を出たり入ったりしています。 レスをいただきありがとうございます。しかし失礼ながら、弊投稿との関連がよく分かりかねるのですが、レモンさんにとって「伽藍堂」とはどのような意味を有する言葉なのでしょうか。 以前の「ガランドウ」に託した意味は、器はあって中身は空っぽ。器は時に見事なほど。器は言葉によってなります。つまり器=文章。しかし、その文章には中身がない。見事なほどに中身がない。見事な、しかし中身のないような文章はなかなか書けるものではないと思われます。かなりの上手でなければ。 しかしそれは素朴からはほど遠い。仏造って魂を入れずの魂を「素朴な声、素朴な思い」とすると、魂のこもらない仏像。仮にそのような仏像でこの掲示板が溢れるとしたら(これも比喩的な表現なのですが)、それは掲示板の本来の志にすまないものになる。拙い文章で伝わらないと思いますが、このような意味の投稿です。 |
▼遍巳亭さん: >▼レモン(元柚子)さん: > > >レスをいただきありがとうございます。しかし失礼ながら、弊投稿との関連がよく分かりかねるのですが、レモンさんにとって「伽藍堂」とはどのような意味を有する言葉なのでしょうか。 意味のわからない(意味のない)書き込みだったようで、失礼しました。 仏像のお話から、仏像の置かれる伽藍堂を思い出して書きました。 伽藍は本来仏像のための器だと思いますが、中身が空っぽであれば「ガランドウ」。 中身がないほど、立派に飾りたてることが多いように思います。 器は、ときに言葉であり、言葉の並んだ掲示板であったりします。 言葉は人の心を表現するものです。心に外面的なこだわりがあれば、そのような「ガランドウ」な言葉が並びます。 大事なのは魂のこもった仏像(言葉)ですが、外面的な関心と内面的な問題をいったりきたりしている、自分の心の状態を書きました。 書き込みの文章を読んで思うことや、書くことが、人の心を鏡のように映し出すと感じています。 それなので、この掲示板への関心が残っています。 > >以前の「ガランドウ」に託した意味は、器はあって中身は空っぽ。器は時に見事なほど。器は言葉によってなります。つまり器=文章。しかし、その文章には中身がない。見事なほどに中身がない。見事な、しかし中身のないような文章はなかなか書けるものではないと思われます。かなりの上手でなければ。 「見事な」中身のない文章というものには、出会ったことがありませんので、今は想像できません。読み取る力もないかも知れません。 ですから残念ながら、私にとっての「ガランドウ」は否定的な意味あいです。 > >しかしそれは素朴からはほど遠い。仏造って魂を入れずの魂を「素朴な声、素朴な思い」とすると、魂のこもらない仏像。仮にそのような仏像でこの掲示板が溢れるとしたら(これも比喩的な表現なのですが)、それは掲示板の本来の志にすまないものになる。拙い文章で伝わらないと思いますが、このような意味の投稿です。 「この掲示板の本来の志」というものも、人によって考え方が違うようです。 私は「世直し」というよりも、「自分直し」に利用させてもらっています。自分を変えることなく、世の中を変えることもできないと思っています。 私には遍巳亭さんの書き込みのむずかしい意味が読み取れなかったようです。 スレッドのテーマからもそれた個人的な拙い書き込みとなり、失礼しました。 |
▼レモン(元柚子)さん:こんばんは >伽藍堂を出たり入ったりしています。 >仏像のお話から、仏像の置かれる伽藍堂を思い出して書きました。 私には難しいのですが、二行の言葉、ゆっくり考えます。 ありがとうございました。 |
イワオさん、おはようございます。 退役軍人、首都圏某ホテルです。 ▼イワオさん: >アメリカで何回か、こういう経験なさったのでしょうか。 >一回きりなら「欧米先進諸国に一日の長ががあるように思いま >す。」と結論づけない方が良いのではないですか。 結論としても良いと思いますよ。 但し、日本と違って階級間の落差が大きく、感覚的に階級社会を受け入れている欧米社会ですから、日本と比較して趣はやや異なると思いますが。 特別な行為ではなく、中産階級以上の階層では躾けとして叩き込まれますから。 そういった躾けをきちんと出来ないと、親としての資質を疑われる風潮がありますからね。 >日本でサクラメントと同じクラスのホテルで子供が再三暴君ぶりを >発揮しているのを目撃されたのでしょうか。 出張が日常なんで良く見かけますよ。 客先が支払ってくれる滞在費(宿泊費)には限度がありますから、一流ホテルにはなかなか泊まる機会はありませんけれど。 通信システムを買うインターナショナル・コンソーシアムと製品を納める日本企業とのコーディネイターを務めることも私の仕事の一つですから。 ほとんどが、工場での出荷承認検査のアテンドですから、来日した技師達と同じホテルに泊まることも多いのです。 ホテルのロビーとかコーヒーショップはパブリックスペースですよね、原則として。 但し、例としてあげられたような一流ホテルはベルボーイとかが目を光らしていて明らかに場違いの人はやんわりお引き取り願っているようですけどね。 特別な場所ではあるみたいです。 そんな場所でも、見かけますよ。 「小さな暴君」と、それをとがめない「馬鹿親」の組み合わせ。 >>子供たちへのTPOを「わきまえた」マナーの躾には欧米先進諸国に >>一日の長ががあるように思います。 > >中産階級以上の躾にはね。 日本の社会構成は、欧米ほど階級ってのが明確ではないと思います。 また、90%以上の人々が中産階級以上であると思います。 従って、日本で良く見られる光景を中産階級の人々の一般的行動様式と捉えて、水平展開した比較も意味を持つと思いますが。 >その代わり、シリアルキラーが欧米の白人に多い。 >犯罪でも猟奇性の多いものが沢山発生してます。 >両刃の剣です。 この記述は、私の理解の範疇を超えます。 どこに連続殺人や猟奇的な犯罪の多発と【小さな暴君】にしない躾けとの因果関係や相関関係があるのでしょうか。 脈絡ですら見出せません。 全てをそのまま受け入れる寛容(愛情)と、他者との関わりの中で必須となる躾けの厳しさ。 このバランスがとても重要だと思いますよ。 ここのバランスを欠くと、子供は真っ直ぐ育ちません。(断言 連続殺人や、猟奇的犯罪は、元来そういった要素を持つ人としての個性と、個々のケースでの、バランスの失敗が産み出すものであると考えます。 大事なことは、こういた犯罪に走る要素は誰もが持っているということかと。 私にもあるし、イワオさんにも心の深層に潜んでいますよ。 洋の東西を問わず、同じであると思います。 付け加えるならば、どこから先が猟奇的で、どこから先が連続殺人なのかと、捉えるしきい値が欧米と日本では違うという点を指摘しておきます。 >失敗すると、攻撃性の多い子供に育ちます。 これはそうだと思いますよ。 一般化し誰もが見ることができる事象から、前述したバランスをやや欠いた結果でしょうね。勿論、持って生まれた個性というのもあると思いますけど。 >あなたも、これからだんだん思考力、行動が子供時代に近づく年齢 >でしょうが、大切に育てたと思っている子供さんに、物心付く以前 >のあなたがよかれと思ってした躾を、親に向かって再現して欲しい >ですか。 > >福祉関係している友人から親の虐待、放置、無関心件数がすごく多 >くなっていると聞きますが。 これは、いただけませんねぇ。 飛躍してますよ。 失礼いたしました。 |
立つ位置が違うので、考え方に相違があるのは仕方ないとして、次の言葉はどうでしょうか? >日本の社会構成は、欧米ほど階級ってのが明確ではないと思います。 >また、90%以上の人々が中産階級以上であると思います。 経済協力開発機構(OECD)が、最近各国の貧困状況について調査した結果に拠ると、ある国家で収入が国民の平均収入の半分以下の人を「貧困者」と呼び、貧困者の国民総数との比率を「貧困率」としています。 メキシコは貧困率20.3%のトップであり、日本は15.3%の5位であり、先進国ては第3位です。 これはつまり、日本は先進国の中での「高貧困率国家」ということです。日本の人口を元にすると貧困人口の総数は2000万近くに上ります。 そして、その格差が更に拡大しようとしているのですよ。 勝ち組代表株の退役軍人さんには、なかなか理解できないでしょうが……。 |
キタキツネさん、こんばんは。 ご指摘は仰る通りです。 8と9のタイプミスです。 OECDの統計が頭に概略値として入っていて、貧困率十数パーセントと記憶していたものですから、【80%以上】としたつもりでした。 失礼いたしました。 従って、 また、90%以上の人々が中産階級以上であると思います。 この記述は提示している数値に誤りがありますので、 また、80%以上の人々が中産階級以上であると思います。 と訂正させて頂きます。 80%以上が中産階級以上ってのも大した数字であると思います。 水平展開して評価の対象とする十二分な根拠となろうかと。 ▼キタキツネさん: > 立つ位置が違うので、考え方に相違があるのは仕方ないとして、次の言葉はどうでしょうか? > >>日本の社会構成は、欧米ほど階級ってのが明確ではないと思います。 >>また、90%以上の人々が中産階級以上であると思います。 > > 経済協力開発機構(OECD)が、最近各国の貧困状況について調査した結果に拠ると、ある国家で収入が国民の平均収入の半分以下の人を「貧困者」と呼び、貧困者の国民総数との比率を「貧困率」としています。 > > メキシコは貧困率20.3%のトップであり、日本は15.3%の5位であり、先進国ては第3位です。 > これはつまり、日本は先進国の中での「高貧困率国家」ということです。日本の人口を元にすると貧困人口の総数は2000万近くに上ります。 > そして、その格差が更に拡大しようとしているのですよ。 もっと格差は大きくなるでしょうね、残念ながら。 富の再配分という要素での傾斜を修正する過程にありますから。 セーフティネットとしての、結果の公平を保証するレベルが据え置かれるか、あるいは引き下げないと、経済のダイナミズムが失われますから。 > 勝ち組代表株の退役軍人さんには、なかなか理解できないでしょうが……。 事象の本質を理解できるかとのご質問なら、理解出来ますとお答えします。 しかしながら、格差が拡がるという点での心情的理解を求められるのであれば、理解できますが経済政策(徴税と再配分)への反映は否定的見解を持つとお答えいたします。 それにしても、勝ち組だ、負け組だ、なんてカテゴライズと、それに基づいたレッテル貼りは、そろそろ卒業されるべきかと。 老婆心ながら、申し上げておきます。 失礼いたしました。 |
▼退役軍人さん: >>アメリカで何回か、こういう経験なさったのでしょうか。 >>一回きりなら「欧米先進諸国に一日の長ががあるように思いま >>す。」と結論づけない方が良いのではないですか。 >結論としても良いと思いますよ。 うむ、珍 源斎さんからのレスではなく、お久しぶりの「退役軍人 さん」ですか。 まあ、何にせよお褒めに頂き有り難うございます。 >>日本でサクラメントと同じクラスのホテルで子供が再三暴君ぶり >>を発揮しているのを目撃されたのでしょうか。 この問いの回答、「珍 源斎」さんから頂いてないので何とも言い ようがないのですが、良く彼のスレ見ると 1)サクラメントのホテルでお先にと、子供がエレベーターを譲っ てくれた。心温まった。 2)日本では、全くそう言う経験がない 3)日本では乗り物の中やフミリーレストランの中で走り回る光景 も一度や二度どころでない定番化した光景です。 「アメリカでは心温まる光景にホテルで出くわした。 日本では乗り物の中やファミリーレストランの中で子供が傍若無人 だから日本の子供の大部分は躾が悪い。」 日米比較、条件同じくしないと比較とは言わないではないですか。 >出張が日常なんで良く見かけますよ。 >客先が支払ってくれる滞在費(宿泊費)には限度がありますから、 >一流ホテルにはなかなか泊まる機会はありませんけれど。 アメリカで言えば「motel6.travelodge」クラスですか。 それなら全部が全部とは言いませんが地域によっては、日本と同じ ように傍若無人な子供連れいるときありますよ。 オトナの宿泊客も、くたびれたスーツのビジネスマンがレセプショ ンで目つり上げてること多いです。 >「小さな暴君」と、それをとがめない「馬鹿親」 >の組み合わせ。 もし仮に日本の大多数がそうだとしたら、そんな馬鹿親が子供に躾 できるはずありません。親が突然、社会的責任に目覚めて躾始めた としたら、それは、即100%虐待になるしかありません。 それどう思います。 >>>子供たちへのTPOを「わきまえた」マナーの躾には欧米先進諸国 >>>に一日の長ががあるように思います。 >>中産階級以上の躾にはね。 >また、90%以上の人々が中産階級以上であると思います。 >従って、日本で良く見られる光景を中産階級の人々の一般的行動 >様式と捉えて、水平展開した比較も意味を持つと思いますが。 「90%以上の人々が中産階級以上であると思います」ですか。 思うのは勝手ですが、日本に中産階級そんなにいると思いますか。 日本では過半数が貧困層です。 1)家長が(男でも女でも家計を支えている人)働けなくなっても 食べるのに困らないだけでなく子供全員が奨学金の助け無しで 大学卒業できる財力がある 2)補修すれば少なくとも50年くらい持つ家に住み、通勤時間も 一時間以内、もちろん新建材、ビニールクロスは使ってない。 「新建材たっぷりの、5年過ぎたら補修が必要な「何とかハウス」 にしか住めず、そこは通勤に二時間以上の「何とかみどり台」。夜 12時過ぎると、タクシーしか交通機関がなくそれも年末など2時 間待ちになることがある。」様な方は、これだけの資産でも稼ぐの は大変だったでしょうが、中産階級ではありません。 西ヨーロッパ、アメリカの中産階級と同じレベルで日本人クラス分 けすると90%が「下層の上」以上には入れないのではと思います。 >大事なことは、こういた犯罪に走る要素は誰もが持っているとい >うことかと。私にもあるし、イワオさんにも心の深層に潜んでい >ますよ。 私の中の「オーム」ですか? 否定はしませんが。 でも一般的に言われていることは少し間違っています。 シリアルキラーと呼ばれる方々、それなりに人間的な魅力持ってい ます。一見外見では判断できません。かえって通常の人より善良な 人に見えます。 そう言う点で人間の判別しにくい面を、誰もが深層に闇を持ってい ると文学的表現にするとなんだか理解できた気になると言うだけで す。 欧米諸国の中産階級の躾は、心の深層をかき混ぜとんでもないモン スターを生み出しやすい面があるのです。その財力はそれらを増幅 します。 対極にあるのがエスキモーなどの子供の育て方です。 昔の日本庶民階級の雑魚寝のイメージかな。 |
▼皆さん:こんばんは。 上の皆さんの各主張を普遍化・一般化するためには何が必要でしょうか? 統計的データ、科学的論述あるいは身近の観察に基づく情緒的主張・・・・? 「感情・情緒・個人的経験」に基づく、ご主張は、あるいは、説得力が無いかもしれません、と思いました。 説得力有る「論」を、期待します。 誠に、失礼。 |
▼珍 源斎さん: >行きずりの小さな出会いで心暖まるシーンが今でも記憶に残ってます。 >米国カルフオルニアの州都サクラメント市に滞在中にホテルの >エレベターに乗り合わせた母子とおぼしき二人連れの5〜6才位の > >男の子がエレベーターから降りる際にお先にどうぞ「アフターユーサー」 >と云って進路を譲ってくれました。お礼を云いつつ後ろに立つ母親にも >目礼したところ、その母親より明るい笑みの返礼を受けました。 > >小さなちょっとしたふれ合いなのに何故、心温まる印象が残ったことに >ついて思い当たることで同じような状況であっても、そのような >思いに日本では全く出会ったことが無かったことに気づかされました。 日米の文化的な背景の違いを考慮されることはないのでしょうか。 勝手に極めて厳しい躾の典型として江戸時代の情景を想像してみます。 老人(または大人の武士)と武士の母親と5〜6才位の子供。 老人が階段から下りようとする際、居合わせた子供と母親はどうするだろうか。 間違っても子供が「お先のどうぞ」と老人に譲ることはないだろうと思われます。老人と子供の間にはそもそも譲る、譲られるというような関係は成り立たない。無条件で子供は何歩か下がる。老人に向かって言葉をかけることすら憚られる。 当然のように老人は先に階段を下りる。一定の間合いを計って、母親と子供は階段を下り始める。 少なくとも私にとってはこのような情景がむしろ自然です。 子供が「お先にどうぞ」ということが考えられるとしたら、その子供の家の身分禄高が老人の家よりもかなり高い、という場合でしょうか。 同じ行動であっても文化的な背景が異なればその意味も異なる。その視点は欠かしてはならないはずです。 |
遍巳亭さん こんにちわ! レス有難うございます。 このスレッドに提示したことは投稿内容を良く読んでいただきますと お判りになると思いますが・個人的な印象を述べただけのこと、 これは以前の記憶でしたが、それを呼び起こしたのは電車の中の光景でした。 本件ではそれには触れませんでしたが、老婦人に席を譲ったのは 外国人の青年でした。日本人の若者も座っていましたが譲る気配は ありませんでした。・・そんなことがフト記憶を呼び戻したことです。 欧米との文化の違いなど蕩々とお述べになったり、比較論的な議論など この際、お呼びの無いことです。 日本にも礼節をわきまえた方々は少なくないと思いますが、 日常茶飯の中で、私の視野には印象としては残念ながら少ないようです。 もうお亡くなりになった方ですが「京都大学で人文科学」の教授で あられた会田雄次 先生が著作の中で述べておられた。 「西洋ヒューマニズムの限界」「アーロン収容所」等々にて ご自身の英国軍の捕虜であったときに英国軍人を観察して将校・下士官 兵隊と英国軍の制服は遠目には違いが判らぬが「姿勢や体型、身のこなし」 でその差は明らかであった・・と階級社会的な背景に触れておられました。 「かの逸物」を股間にぶら提げてるだけでは、紳士では無い!。とする 処には私も同感です。 明治の始めに日本に来た外国人「お雇い外国人教師」が日本人に持った 印象は「礼節に富み忍耐力が強い」国民であったとする処は・諸々の場所での エピソードの積み上げであったとしても今では史実にもなってる事です。 少し脱線してしまいましたが、多くの人々の共通した印象やら 記憶が良くも悪くも日時・時空を超えて定着してゆくでは無いでしょうか。 貴兄の投稿に反論では無く、平行する論旨で述べさせて頂きました。 有難うございました。 >>行きずりの小さな出会いで心暖まるシーンが今でも記憶に残ってます。 >>米国カルフオルニアの州都サクラメント市に滞在中にホテルの >>エレベターに乗り合わせた母子とおぼしき二人連れの5〜6才位の >> >>男の子がエレベーターから降りる際にお先にどうぞ「アフターユーサー」 >>と云って進路を譲ってくれました。お礼を云いつつ後ろに立つ母親にも >>目礼したところ、その母親より明るい笑みの返礼を受けました。 >> >>小さなちょっとしたふれ合いなのに何故、心温まる印象が残ったことに >>ついて思い当たることで同じような状況であっても、そのような >>思いに日本では全く出会ったことが無かったことに気づかされました。 > >日米の文化的な背景の違いを考慮されることはないのでしょうか。 > >勝手に極めて厳しい躾の典型として江戸時代の情景を想像してみます。 > >老人(または大人の武士)と武士の母親と5〜6才位の子供。 > >老人が階段から下りようとする際、居合わせた子供と母親はどうするだろうか。 > >間違っても子供が「お先のどうぞ」と老人に譲ることはないだろうと思われます。老人と子供の間にはそもそも譲る、譲られるというような関係は成り立たない。無条件で子供は何歩か下がる。老人に向かって言葉をかけることすら憚られる。 > >当然のように老人は先に階段を下りる。一定の間合いを計って、母親と子供は階段を下り始める。 > >少なくとも私にとってはこのような情景がむしろ自然です。 > >子供が「お先にどうぞ」ということが考えられるとしたら、その子供の家の身分禄高が老人の家よりもかなり高い、という場合でしょうか。 > >同じ行動であっても文化的な背景が異なればその意味も異なる。その視点は欠かしてはならないはずです。 |
▼珍 源斎さん:おはようございます。 >これは以前の記憶でしたが、それを呼び起こしたのは電車の中の光景でした。 >本件ではそれには触れませんでしたが、老婦人に席を譲ったのは >外国人の青年でした。日本人の若者も座っていましたが譲る気配は >ありませんでした。・・そんなことがフト記憶を呼び戻したことです。 問題を提起していただいています。 ここで思われるのは「なぜ日本の若者たちは座ったままで席を譲ろうとはしなかったのか」ということの意味です。それは外国の青年が道徳的に優れていて日本人の若者が劣っているというような問題と即ならないのではないかというのが、珍 源斎の出された例から思われることです。 このようにも考えられないでしょうか。「老婦人に席を譲りたいと思うが、どうも気恥ずかしくてできない。そこで何らかの心理的な葛藤を経験する日本の若者」の心象風景。含羞という言葉があります。 外国の青年にはこのような葛藤はないのかもしれません。 ここに、異なる文化を背景とする日本の青年と外国の青年の姿を見るとしたら、単純な道徳的善悪の問題ではない視点が開かれるのではないでしょうか。 私はこの視点に立ちたいと思います。 いまの日本は一つの枠組みがはずれつつあり、失われつつあり、次の枠組みを創り上げようとしている、それは真に自立的に創り上げようとしている、明治の普請中とは違う、戦後の普請中とも異なる「普請中」なのではないか、路上に座る女子高生の姿なども、普請中の時代の若者と考えると、常識論で切って捨てるのとは違った見方もできるのではないか、珍 源斎さんが提起された問題、例からこのようなことを考えさせられます。 |