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 ▼出羽の守と大和の守  流水 04/6/28(月) 23:10
   ┣Re(1):出羽の守と大和の守  珍 源齋 04/6/29(火) 9:06
   ┃  ┗Re(2):出羽の守と大和の守  流水 04/6/29(火) 9:43
   ┃     ┗Re(3):出羽の守と大和の守  珍 源齋 04/7/3(土) 9:11
   ┗出羽の守と大和の守への要望  ぎみゆら 04/7/1(木) 10:25
      ┗Re(1):出羽の守と大和の守への要望  流水 04/7/3(土) 10:49
         ┗Re(2):出羽の守と大和の守への要望  ぎみゆら 04/7/3(土) 23:55

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 ■題名 : 出羽の守と大和の守
 ■名前 : 流水
 ■日付 : 04/6/28(月) 23:10
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   今日、久しぶりに【出羽の守と大和の守】の喩えを聞いた。
これは、戦後主体性論争の中で、しばしば使われた比喩である。

●【出羽の守=〜では】→特に知識人がよく使った比喩で、【外国では・・】【英国では・・】【米国では・・】という風に、常に進んでいるのは外国で、遅れているのは、日本という図式で物事を捉える、一種の啓蒙的発想

◆【大和の守=日本の伝統は、日本人は】→外国の話を拒否。日本人には、日本人の歴史と伝統がある、という復古主義ないし民族的発想

明治以来の日本は、この二つの発想の「せめぎ合い」が行われてきた、と総括してもそれほど間違いではない。
概括的にいうと、明治維新を主導した革命のエネルギーは、「尊皇攘夷」という【大和の守】であった。しかし、この革命を強制したのは、「〜では」という【出羽の守】であった。

明治政府の方針は、表は【出羽の守】であったが、その【出羽の守】を支える心情は【大和の守】という幕末の表現を裏返しにしたものである。
ところが、昭和10年以降の日本は、【大和の守】であり、それを支える技術的なものとしての【出羽の守】という幕末の発想に先祖がえりしたものである。

そして、戦後は、【出羽の守】全盛時代であったが、80年以降は徐々に【大和の守】が盛り返してきた。
この掲示板では、【大和の守】発想丸出しで、論争を挑んでいる人も何人かいる。

歴史は繰り返すという格言からいえば、【大和の守】がまた表に出てきて、【出羽の守】が裏方に回る時代がくるのであろうが、情報化時代はそう簡単にはいかない。
【大和の守】発想の限界も【出羽の守】発想の限界も、ある程度見えてきている。
【幽霊の正体見たり枯れ尾花】は、この二つの発想についてもいえるのである。

では、どうするか。【出羽の守】と【大和の守】発想の【両義性】こそ、日本の特徴であると考えると、どちらか一方に傾きすぎた議論(いわゆる原理主義)は日本人に合わない。
日本人というのは、二つの両極端の考え方の中間(グレーゾーン)で、なんとなく曖昧模糊とした格好をしながら、そのバランスをとることに長けている。

今までは、日本人の欠陥と考えられていたこのバランス感覚(多様性を認める考え方)こそが、日本人の美徳であり、これからの世界に必要な感性ではないかと考える。

 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re(1):出羽の守と大和の守  ■名前 : 珍 源齋  ■日付 : 04/6/29(火) 9:06  -------------------------------------------------------------------------
   流水さん!おはようございます!

出羽の守、大和の守との問題の捉え方判りやすく、お見事であると存じます・・。
日本では市民革命を通しての民主主義ではないことが、今日「こんにち」諸々の

政治や行政の矛盾が噴出してると、捉えてましたが・・、血で血を洗う
市民革命「フランス革命をイメージ」を通さなくても、原理主義的な頑なさでない

フアージー・ゾーンを踏まえたソフトなバランス感覚が必要とのことは
「言い得て妙と」感じております。

日本の将来を想うとき「このような感覚的なことを哲学」として日本人の
「コモンセンス」として定着すれば「良いなあ〜」と思います・・。

足元の自然の生態系をみても仰有るようなバランスは至る処で見て取れます・・。

有難うございました・・。

 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re(2):出羽の守と大和の守  ■名前 : 流水  ■日付 : 04/6/29(火) 9:43  -------------------------------------------------------------------------
   珍 源齋さん、おはようございます。

フアージー・ゾーンを踏まえたソフトなバランス感覚が必要とのことは
「言い得て妙と」感じております。

日本の将来を想うとき「このような感覚的なことを哲学」として日本人の
「コモンセンス」として定着すれば「良いなあ〜」と思います・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのように読んでいただいて、感謝します。
日本人の民度の高さは、【バランス感覚】のよさにあると思います。
遠くは、古墳時代から奈良時代などの外来文化の取り入れ方、戦国時代の南蛮文化の取り入れ方、幕末から明治時代の取り入れ方、戦後の米国文化の取り入れ方、日本文化は常に外来文化と伝統文化のせめぎ合いと文化の【混交】の歴史でした。

文化の【混交】の絶妙なバランス感覚こそが、日本文化の特徴であるといってもよいと思います。

逆に、どちらか一方に偏しすぎたときこそ、危機であると思います。

これは、日本だけでなく、どの国でもそうですが、外来文化と伝統文化のせめぎ合いでどちらか一方に振れすぎたとき、様々な問題(戦争など)が起こります。

イラク戦争で、米軍がメソポタミア文明の貴重な遺跡を守らなかったり、尊重しないやり方をしたとき、この戦争は失敗であると直感しました。
他国を支配するとき、その国の【伝統文化】との折り合いのつけ方を間違うと、悔いを千載に残します。

その意味で、日本人のバランス感覚のすばらしさこそ、21世紀の世界に最も必要なものではないかと思います。

 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re(3):出羽の守と大和の守  ■名前 : 珍 源齋  ■日付 : 04/7/3(土) 9:11  -------------------------------------------------------------------------
   ▼流水さん:
おはようございます!
ぎみゆらさんの「出羽の守」「大和の守」の捉え方、と解釈は判りやすく
お見事であると思います・・。

◎文化の【混交】の絶妙なバランス感覚こそが、日本文化の特徴であるといってもよいと思います。

◎逆に、どちらか一方に偏しすぎたときこそ、危機であると思います。

これは、日本だけでなく、どの国でもそうですが、外来文化と伝統文化のせめぎ合いでどちらか一方に振れすぎたとき、様々な問題(戦争など)が起こります。

◎イラク戦争で、米軍がメソポタミア文明の貴重な遺跡を守らなかったり、尊重しないやり方をしたとき、この戦争は失敗であると直感しました。
◎他国を支配するとき、その国の【伝統文化】との折り合いのつけ方を間違うと、悔いを千載に残します。

◎その意味で、日本人のバランス感覚のすばらしさこそ、21世紀の世界に最も必要なものではないかと思います。

平衡感覚を「しっかり」持つことは平衡点が何処にあるのか・を見極める平素よりの
想像力・洞察力・正確な情報把握力・判断力がベースにあることは申すまでもありません・。

政治家には特に前述の資質に加えて「愛」を背景とした哲学的な素養をも持ち合わせて
欲しいもの・・と思います。

物理的な運動性として「平衡を捉えたとき」三次元空間を飛行する航空機の操縦に関しての勘どころとして「当て舵」操作と「舵・半量」と云うのがあります。

「当て舵」とは安定を得るために戻し操作を意識する・
「舵・半量」とは旋回に必要と思える舵の操作を半分にすることにより・・

旋回に伴う不安定な状態「揺り戻し」を少なくして安定へ復帰させることへの運動物理的な勘どころを表してる・・ことです・。

揺り戻しのない安定を確保するのは、政治・政策の基本ですが・今までの政治の軌跡を
みると絶えず国民はその揺り戻しに悩まされてること・・に・思い当たります・・。

 ───────────────────────────────────────  ■題名 : 出羽の守と大和の守への要望  ■名前 : ぎみゆら  ■日付 : 04/7/1(木) 10:25  -------------------------------------------------------------------------
   流水さん、こんにちは。


出羽の守と大和の守のお話、面白いですね。
恥ずかしながら、その喩えは知りませんでした。
興にのって、私なりの見方を少し書いてみます。

   *

戦後の日本はたしかに、出羽の守全盛、とくにアメリカナイズ一辺倒。
その間、大和の守のほうは、口数少なく、体だけ動かし、黙々と働いて、
エコノミックアニマル、仕事中毒などとも言われながら、戦後復興から
高度成長までを支えてきた人たちに、ひっそりと宿っていたように感じます。

なぜあんなに間違った戦争をしたのかと、心底から出直しを決意した
人たちも、敗戦の悔しさを噛み締め、なんとか何かを取り戻そうと頑張って
きた人たちも、自己主張はせずに、ひたすらリカバーに努めた。そういう
人たちが、いまプロジェクトXに涙を誘われているのではないでしょうか。

そんな大和の守も、東京五輪に世界中から客人を招き、大阪千里に
巨大な太陽の塔を建てて、沖縄が返ってきて、中国とも仲直りをし、
ようやく、ときどき日の当たる場所に出てきた。その頃には出羽の守も、
もうあまり口うるさいアジテーションは、やらなくなってきた。

1980年代、大衆消費社会が加速すると、出羽の守も大和の守も手を携えて、
赤い法被を着て売り子になった。出羽の守は、ブランド品。大和の守は、
ジャパネスク、日本にもいい物がたくさんありますよ。売れさえすれば、
何でもいい。楽しければ、気持ちがよければ、出羽でも大和でも何でもいい。

バブルがはじけ、海の向こうではベルリンの壁が崩壊し、神戸で大きな
地震が起き、カルト教団の国家転覆企図が露見し、出羽の守も大和の守も、
顔を洗い直した。大和の守は、新しい教科書を作った。出羽の守は、
バベルの塔に旅客機二機が突っ込んで以来、アメリカ詣でにますます夢中。

   *

《出羽の守への要望》
アメリカから、もう少しでも距離を取る。国連参加、国際活動のあり方を、
みんなで真剣に考える。EUの実験から学ぶ。理屈ではなく、地道につきあい
肌身で学ぶ。アジアの国々、とくにASEAN諸国との関係を大切にする。

《大和の守への要望》
自分たちの足元を見つめ直す。郷土や山川を大切にし、町づくり、地場産業、
地域文化を見直し、農林水産業のこれ以上の荒廃を食い止める。人と人との
つながり、とくに、世代を超えたつながりを、身の回りから大切にする。

 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re(1):出羽の守と大和の守への要望  ■名前 : 流水  ■日付 : 04/7/3(土) 10:49  -------------------------------------------------------------------------
   ●出羽の守と大和の守のお話、面白いですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
興味を持っていただき感謝します。

きみゆらさんの提言、おおむね賛成です。

日本では、出羽の守と大和の守とが、どうしても二項対立として、考えられがちですが、あなたのお話の80年代の【売れさえすれば】【儲けさえすれば】という時代は、考え方によれば、この二項対立があまり目立たなかった時代でもあります。
同時に、人間としての【モラルハザード】の時代でもあったと思います。
日本人は、右にも左にも振れやすいという性向が、ここにも出ています。

時代が求めているのは、これを超えるものだ、思います。具体的にいえば、イデオロギー(出羽の守と大和の守)の不毛な対立を超える価値の創出と、自分とは何かを見つめる哲学の再構築です。

教育にしても、社会にしても、政治にしても、上記のことを感じさせない発想はこれからの時代には、無力だと思います。

 ───────────────────────────────────────  ■題名 : Re(2):出羽の守と大和の守への要望  ■名前 : ぎみゆら  ■日付 : 04/7/3(土) 23:55  -------------------------------------------------------------------------
   流水さん、こんにちは。


丁寧なお返事をいただき、感謝いたします。
とりあえず、二点だけ感想を申し述べます。

   *

> 日本では、出羽の守と大和の守とが、どうしても二項対立として、考えられがち
> ですが、あなたのお話の80年代の【売れさえすれば】【儲けさえすれば】という
> 時代は、考え方によれば、この二項対立があまり目立たなかった時代でもあります。
> 同時に、人間としての【モラルハザード】の時代でもあったと思います。

戦後史の見方、評価には、いろいろなアプローチがあると思うのですが、
私はこの1980年代という時代に、日本人が失ったものが、とても大きいと
思っています。自分が二十代の会社勤めとして過ごした時代ですので、
肌身でよくわかるのですが、簡単に言えば、「私」が、「私」だけのために、
消費、浪費をして、享楽することが許され、それどころか奨励された時代です。

他人のために何かをする。帰属集団や地域のために何かをする。公のために
何かをする。そのような、1970年代までの日本人ならば、右とか左とか、
舶来とか土着とかにかかわりなく、普通の大人なら誰もが持っていた当然の
感覚が、ここで大きく摩滅したと感じます。1990年代は「失われた十年」と
言われますが、むしろ1980年代が「蕩尽された十年」だったのだと思います。

難しいのは、この種の話をすると、相当慎重に、丁寧に話しても、教条的、
統制道徳的、右翼的、等々と受け取られてしまいがちなところです。どう
レッテルを貼られても、それは別にかまわないのですが、話がそこから先に
深まらなくなってしまいます。話し方としても、自分で実際に何かができる
のかという点でも、正直申して、まだ五里霧中に近い状態ですが。

   *

もう一つ、重なるような、少しずれるようなことを申しますと、流水さんが
最近別スレッドのどなたかへのレスで、ナショナルをとことん掘り下げると
インターナショナルにつながるとお書きになっていました。まったくその通り
だと思うのですが、私は同時に、というかむしろ、ナショナルを掘り下げない
ままの安易なインターナショナリズム心情というものに、どうしても警戒心を
持ってしまうというところが、とくに最近の気持ちとして、強くあります。

冷戦終結後にアメリカが露骨に進めている経済的なグローバリズムは
もちろんなのですが、たとえばエコロジズムなどに対しても、私はむしろ、
警戒心、ある種の反発心が、先に立ってしまうところがあります。それが
逆の意味での排斥心にまで高まらないように、自制してはいるつもりなの
ですが。こちらについても、まだ整理がついているとは、とても言えません。

   *

実はこの手の話を考え始めると、けっこう止めどがないのですが、
この辺で禁欲しておくことにいたします。(笑)
たいへん刺激的なお話でした。ありがとうございました。

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